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開かずの部屋に住むひとは
日が落ち辺りが紺碧一色になると、電球に照らされた暖簾がようやく存在感を増してくる。素朴に浮かび上がるは「えんむすび」の文字。
駅からほど近い立地ではあるが、主に栄えているのは線路より向こう側で、この周辺は新しいとは言えないアパートや民家も多くある。店の名前は、そんな地域にお住まいの人々との縁をつなぐようにという、なかなかありきたりな思いから付けられたものらしい。
旨い焼き鳥さえ焼ければなんでも良いというのが、店主兼行の本音なのだ。
「ほれ、せせり上がり!」
網の一番端で炭火にかけられた串を、小さめのトングで真ん中から割って見る。カウンターに置かれた皿へ、無造作に三本とも置いた。
その兼行の掛け声を合図に、一番近くに座る桃矢が取りに立つ。早く帰って来た者から順に奥へ座っていくので、遅く帰って来た者がこき使われるという、踏んだり蹴ったりな暗黙のルール。
「ねえ店長~。平日もバイト雇ったら?」
そんなわけで、この時間帯はいつもバイトを終えて帰ってくる桃矢が動き回る羽目になるのだ。
「勘弁してよ、平日は君らを除けば数組しか来ないのに」
乞われた兼行は網から目を離さずに愛想笑いを浮かべるのみ。桃矢は唇を突き出し視線を落とすと、すごすごと皿を持ち帰る。それをテーブルに置く前に、暁奈がひとつ拐って一気に半分までパクついた。彼が席に落ち着く頃には、また一本、串入れの中身が増えているのだった。
「ほーい、つくね、バラ、エリンギ…」
一挙に焼き上がるため、兼行は大きな皿を取りに行こうとその一歩を踏み出しかけた。
同時、奥のドアが開く。
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