物語と僕

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狭い教室は真冬の空気をたっぷりと吸っていて、吐いた息は窓から差し込む月の光で白く輝いていた。  僕はいつもの席に着くと、ポケットに手を突っ込んだまま、溢れてくる気持ちを抑えるのに必死だった。  どんな風に言葉を切り出せばいいのか悩んでいる自分に、先生は黙ったままじっと待っていてくれた。  僕は大きく深呼吸をすると、目の前に座る先生に向かって、言葉を慎重に選びながらゆっくりと話し始めた。  大学受験を辞めて、高校を卒業したら小説家になります、と。  しんと立ち込める冬の冷気が、静かになった教室を包んだ。  いつも自分の夢を応援してくれていた先生も、この時ばかりはさすがに動揺したのだろう。 先生は黙ったままぎこちなく立ち上がると、そのまま部屋を出て行ってしまった。 そしてしばらくすると、覚悟を決めたような顔つきで戻ってきた。何故かその手にはアイスコーヒーを持ちながら。  暖房もまったく効いていない教室で、その姿が何だか面白くて、僕は思わず笑ってしまった。 そのおかげで張り詰めていた緊張と不安は、いつの間にか雪のように溶けて消えていた。 「なんでこんな寒い日にアイスコーヒーなんですか?」と、半ば呆れた口調で言ってしまった僕に、「失敗しちゃった」と先生は少し照れたように笑って答えた。     
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