物語と僕

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 そして持っていたグラスを机に置くと先生は再び目の前に座り、あの時と同じように、僕の目を真っ直ぐに見て微笑んだ。 ――小説、楽しみにしてるね――  短い言葉。たった三秒にも満たないその言葉が、本の(しおり)のように、僕の人生の節目になった。 この時初めて、小説を書き続けてきて本当に良かったと、心の底から思うことができた。 自分が作る物語を楽しみに待っていてくれる人がいるなら、僕が存在する意味があると思えたからだ。  本当は先生に話したいことがたくさんあったのに、結局まともに言えたのはアイスコーヒーのことぐらいで、一番伝えたかった言葉は声になって届くことはなかった。  情けなさと恥ずかしさ、それに嬉しさを混ぜたような味わったことがない感情が、その時の僕の心をぎゅっと掴んだ。 それはコーヒーのようにほろ苦く、そして少しだけ、大人になれたような味がした。  あの日から十年。  アイスコーヒーと一緒にもらった先生の言葉は、今日まで僕がペンを握り続ける理由を与えてくれた。  夢を追い、理想を追い、そして憧れを追い続けた十年間。  今ならわかる。  僕は小説を、物語を書くことで誰かと繋がっていたかったのだと。  この広い世界で、何億といる人達の中で、無個性で味気ない自分。     
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