物語と僕

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 今思うと、随分と迷惑な話だったと思う。  他の先生や生徒たちが帰って二人っきりになると、先生はいつもアイスコーヒーを淹れてくれた。 まだ夏の香りが残る静かな夜の教室で、机の上に並ぶ原稿用紙とアイスコーヒーを見ては、自分がまるで小説家になったような気分を感じていた。  今でもこうやってノートパソコンを持ち歩くクセに、わざわざ原稿用紙に書くのは、きっとあの頃の思い出を手放したくないからだろう。  週にたった二回だけ訪れていたあの時間が、当時の自分にとって一番の楽しみだった。 狭くて古い教室で、受験勉強という余韻を残しながら、物語を書く。それはまるで現実の輪郭を持ちながら、どこか幻想的で不確かな世界。  そんな夜の教室で原稿用紙に想いを走らす度に、小説家になりたいという気持ちは日に日に強くなっていった。  二学期も終わりが近づくと、受験という呪縛は我が物顔で、自分たちの日常のあらゆる時間を支配していった。 みなが必死に単語帳やテキストをめくる中、それでも僕は僅かな時間を見つけては小説を書き続けていた。  そんな自分に転機が訪れたのは、センター試験が終わったばかりの頃。テレビでちょうどその年の芥川賞のニュースを見た時だった。     
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