風花

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風花

 往来の誰もが、首をすくめ背を丸めて、ほとんど駆けるようにして先を急いで行く。  その息が、白い。  鈍色(にびいろ)の雲が、低く、重く、空を覆い、真昼の最中だというのに、はや夕暮れ時を思わせる暗さだった。  お花も先を急いではいたが、その足取りは軽かった。胸の中は、ぽっと灯が点ったように温かく、寒さなどこれっぽっちも感じない。 「わぁっ」  お花は、思わず足を留めて、空を振り仰いだ。  雲の中から、ふわり、ふわり、と白い花びらが舞い落ち始めたからだ。 「初雪だぁ」  いかに江戸っ子は気が短いと言ったって、例年より一月近くも早い冬の便りを、手放しで喜んではいられない。  たちまち往来には傘の花が開き、あるいは手拭いを被って、 「やれ、寒いはずだよ。随分と早い到来じゃないかね」 「どうも今年は、お天道様のご機嫌が悪いようだよ」  口々にぼやく声が聞こえてくる。  はしゃいでいるのは、子どもと犬ころ、そして、お花くらいのものだ。  けれどもそれはやがて、風に舞う鷲毛から、びしゃびしゃとした(みぞれ)めいたものに変わってしまったから、お花としては、懐に抱いたまだぬくぬくと温かい焼き大福を濡らさぬよう、一目散に駆け出した。
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