椿

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椿

--ねぇ、ご存知かしら。椿の花はころりと首が落ちるんですのよ。  わたくしのお家の隣には大きなお屋敷がありました。  そこには愛くるしい女の子が一人いたのです。  その子の名前は椿と言いまして、ええ、その椿ちゃんったら名前に勝るとも劣らぬ花のある子でございました。艶めく黒い髪に陶器のような白い肌と真っ赤な唇、輝く瞳は黒曜石のよう。使い古された表現ですけれど、立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花と、正にその通りでした。とにかく花のある美しい子だったのです。  大きなお屋敷のご令嬢で、所謂お嬢様の椿ちゃんでしたけど、不思議とわたくしとは気取らずに仲良くしてくださいました。  整った容姿に、財のあるお家、才能にも恵まれた、頭の良い女の子でした。強いて欠点をあげるとは言いませんけれど、何かを付け足すのであれば、少しばかり変わった子でしたかしら。 「ねぇ、桃、どうしてこんなにも世の中ってつまらないのかしら。楽しいことがないって、そう思うの。だって、女は不自由だわ。ただ声が高くって、色が白くって、髪が長いってだけで、こんなにも不自由なのよ。とても不公平だわ。男の人の、なんて自由なこと。羨ましいったらないわ」  桃というのはわたくしのことです。何もかもに恵まれていて、天に愛されたような彼女がそんなことを言うものだから、とても驚きました。けれど、難しいことを少しも考えないわたくしですから、椿ちゃんの言葉には同意もできず、首を傾げるばかりでした。 「でも、わたくしも椿ちゃんも女の子でしょう。だからこうして一緒に遊べるんだもの。とても幸せなことだわ。わたくしにとっては」  そう答えると彼女はにこりと嬉しそうに笑って、わたくしを可愛いと褒めながら頭を撫でて、頬に優しく触れて、口付けるのです。  その当時はまだ幼い子供でしたけど、なんだか悪いことをしているようで、誰かに見られたら怒られるんじゃないかって、そう思っていました。ですので、このことは誰にも話しておりません。それでもお天道様は見ていて、いつか罰が当たるんだろうと幼心に薄らとそんなことを思っていたのをよく覚えております。だって、ねぇ、女の子同士で口付けだなんて。きっと、お父様やお母様が見ていたらお怒りになるでしょう。
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