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さて、そんな椿ちゃんは、魅力的な女の子のまま少しずつ、年を重ねていったのです。
わたくしも彼女も十六を過ぎた娘盛りの頃でしょうか。女の子もそこまでいくと、お家のことだとか、はたまた結婚のことだとか、忙しくなるものです。家柄の良い彼女のことですから、きっとわたくし以上に色々なことがあったことでしょう。ですから、わたくしは椿ちゃんと会えない日々が続いていたのです。
その日は、桜の花が咲くような暖かい春の陽気を感じさせる日でした。彼女はふらりとわたくしの元へと訪れたのです。
「私ね、家を出て、好きなことをするわ。もうここには戻ってこない。桃にも会えなくなるから最後のお別れを言いに来たの」
わたくしの前にはいつもと何ら変わりのない彼女がいました。花のように美しい彼女がそこには確かにいたのです。
冗談でしょうと驚くわたくしを他所に彼女はからからと笑い、こんな冗談は言わないと答えるのです。ええ、もちろん、本気であるということはすぐに分かりました。けれども、わたくしが慌て、泣き、引き止めるのも、なんてことはないような様子で、彼女は昔と同じよう笑うばかりで真剣に取り合わないのです。
「ああ、行っては嫌。お願い、遠くへ行かないでください。そんなの、とても寂しくて、堪え切れないわ」
そう泣きじゃくるわたくしの頭を撫でて、頬に優しく触れると、昔と同じように口付けて、さようならと。これだけ言ったのです。ええ、よく覚えています。椿の花が散ってしまい、桃の花が咲き始める時期でしたから。まだ少し冷たい空気の中で薄い桃色の花弁が舞っていました。それすらも悲しく感じるくらい、辛い出来事であったのをよぉく覚えているのです。
さて、それからわたくしはその後に彼女がどうなったか、知ることはなかったんです。だって、ねぇ、それきりで、全部昔のことでございますから。
幼心に薄らと思ったお天道様の罰というのはお別れのことだったのかもしれませんね。
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