水仙

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 続けて名前を呼ばれる。彼女に名前を呼ばれると選択権を奪われた気になる。支配されたような気分になるのだが、決して嫌ではない。  そんな風に感じるようになったのはいつからだろうか。父親への反抗心ではなく、彼女に対しての想いが強くなったのは。  彼女のふざけた発言に、真意も読めないままに、もちろんだと頷いた。彼女の馬鹿げた発言にももうすっかり慣れていた。 「じゃあ、決まりね。明日の昼に丘の上の桜の木で待ち合わせね」  椿は満足そうにすると、そう言った。  さて、安請け合いしたとはいえ、家を出るのだ。家を出て何をするかも知らないが、どうやって暮らしていくつもりなんだろう。  当分の生活の為のお金と、着替えと、暮らしていくのに必要なもの。少なくまとめたつもりだが、それでもやはり大きな鞄はぱんぱんに膨らんでいた。  朝日が昇り、明るい陽の中でふと、気が変わった。こんなもの全部いらない。  身一つで彼女についていこう。今までの自分は死んだんだ。彼女の傍で生まれ変わるのだと。  荷物を全て置いて行ったまま外へ出かける。丘を登る。桜の木へ向かう。花の時期は終わっているから、葉が青々と生い茂っている。
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