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 人と上手く向き合えなくなってしまったのだ。他人に興味を持てなくなった。こうすれば喜ぶだとかああすれば機嫌が取れるだとか、淡々と作業のように進んでいく。気づけば、人と対等に向き合うのが苦手になっていた。  そんな生活も十年も続けばどうということもない。淡々と作業を行いながら日々が過ぎていく。  新しい女の客がやってきた。若く美しい女だ。客に老若男女いるといえど、若い女は数が少ない。女は他愛ない世間話だけして帰った。それ自体は大して珍しくもない。腕がない男に対して、ただの好奇心や怖いもの見たさなんかで話だけして帰る人は多い。  ただ、その女が変わってると感じたのは金を置いていったことだ。お小遣いと称して決して安くない金額をだ。その金額が金額だったので、扱いにも困り、茶屋の主に預けた。主もその金額に驚いたようだった。 「金払いの良い上客じゃないか。頑張れよ」  主人にはそう応援された。  その女は定期的に訪れ、金を置いていく。話をする他には俺が足で字を書くのや編み物や縫物をするのを見たがるくらいだった。  寝なくて済むのが楽だと、つい、ぼやいた。彼女はけらけらと笑っていた。 「さぁね、もっと非道なことをするかもしれないんだから。心の中で何を考えているかなんて、誰にも分からないんだからさ」  そう言った次の日、彼女は身請け話を持ってきた。相場よりずっと高い値段で俺をだ。その話を受ける前に会いたいという要望はすんなり叶った。 「やぁ。元気そうで何より」  いつもと変わらない茶屋の一室にいつもと変わらない彼女がいた。  急にどういうことか、そんな素振りなかったじゃないかと問うと彼女はいつもと同じようにけらけらと笑った。 「難しいことなんて何もないじゃないか。私はあなたが気に入ったんだよ。残念ながら情夫になれって話じゃないけど」  彼女は俺を見つめたかと思えばにこりと微笑む。 「ね、私のものになって欲しい。字面の通り、金でお前を買うんだ。楽しいお誘いだよ。私、見世物小屋を持ってるんだ。そこに来て欲しい。なぁに、場所が変わるだけじゃないか。その体を人に晒すのも変わらない。強いて言うなら人と寝なくていいんだから、その分楽じゃないかね。お前の考え方次第だろうけど」
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