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 話の内容は突拍子もなく、理解しがたいもので、全く心には響かなかった。この女は何をほざいているんだとすら思えた。その割には、彼女のその語り口調が、飄々として掴みどころのないその口調だけがものすごく気に入って、いつの間にか了承していた。  生まれた時から世話になった店や主、親しくしていた客や陰間、遊女たちにそれぞれ別れを告げ、茶屋を出た。別に鳥籠に入っていたと悲観しているわけでも何か大きな不満があったわけでもない。別れ自体も永遠に会えなくなるわけではないし、自分も相手方もあっさりとしていた。 「場所が変わるだけで、大した変化なんてないんだろうけど、今までにないくらい、自由だって感じてる」  俺の言葉に椿はけらけらと笑っていた。 「お前の考え方の話だね」  大したことではないと理解している。それでも俺には遠い空が青いのだけが眩しかった。  自分で選んだからだろうか。自分で初めて選んだ道だからだろうか。  誰に言われたわけでもなく、自分が決めたことだから、解放感に溢れているんだろうか。 「……にやけててもいいんだから、整った顔ってのはそれだけで得だね」  椿の言葉にそうだろうと笑ってみせた。  見世物小屋へおいでと誘われたくせに商売としては全く成り立っていなかった。  これには期待する気持ちが小指の爪先程もなかったというわけではないから消沈した。生まれたときから知ってる安定した場所、環境、人間関係を全て置いてきて新たに訪れた場所がこんなところだったとは。劣悪であるとは言わないが聞いていた話とは違っていた。 「場所も人も揃ってる。これから始めようと思ってるんだ。何、失敗なんてしないさ。私は生まれてきてこの方、失敗なんてしたことないんだから」  椿は何を根拠にしているのか分からないがそう自信満々に素っ頓狂なことを言っていた。俺はと言えば柊という新しい名前を付けられ、生活する場所を与えられている。生活する母屋はそれなりに広く、自由に使っていい部屋を一つ貰っていた。  母屋には足のくっついた女の露草と皮膚の荒れた男の棗、結合双生児の沙羅と双樹がいた。それに主人にあたる椿とその横で言うことを聞いている水仙。これで全員だ。
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