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 街中でも人通りの少ない辺りに来ると、母は僕をそっと降ろし、話しかけた。お医者様を呼んでくるから、ここで大人しくしているのよ、いい子にしているのよ、と。 「いい子で待ってる。いってらっしゃい」  そう頷いて、手を振り、母を見送った。遠ざかる母の背中を心細さに襲われながらずっと見つめていた。夜になっても朝になっても、また夜になっても、どんなに時間が経っても母は戻ってこなかった。捨てられたのだと理解する頃にはもう涙も尽きていた。治るかも分からない病にかかった気味の悪い幼い次男坊なんて邪魔なだけだったんだろう。  周囲の視線を感じながらも街を彷徨いていると男に声をかけられた。  どこからか噂でも聞きつけたのか、たまたま通りかかっただけなのか、恰幅のいいその男に誘われるがまま連いていった。どうせ行く場所などなかったし、幼い自分には現状より悪い状況など考えられなかったからだ。  男は見世物小屋の主人だった。それから見世物小屋で暮らすこととなった。雨や風をしのぐ事も、毎日ご飯を食べる事もできる。けれど、好奇の目に晒され、蔑まれるような表情、理不尽に当たられ、罵られる事もあった。  母が、迎えに来てくれるのではないか。父が心配し、兄が探しているのではないかとずっと考えていた。  見世物小屋では四六時中、狭い檻の中に入れられていた。昼になると檻の前を人が通っていく。まじまじと頭の天辺から爪先まで眺められ、時には心無い言葉で貶められる。夜になると人は来なくなり、灯りも消される。  これが商売で、自分が見世物であるという自覚は薄らとあった。苦痛でしかなかったが、逃げ出そうという気は起きなかった。行くところが他になかったし、外に出たからと言って周囲の視線が変わる訳でもなく、一人でやっていく自信もなかったからだ。  ある夜、隣の檻から声をかけられた。 「ねぇねぇ」  女の子の声だった。 「今日の、夕暮れ時に変な男いたじゃない。嫌よねぇ、ああいう人」  それまで隣の人と話したことはなかった。どんな人かすら知らなかった。僕が答えないでいると言葉は続く。 「ずぅっとぶつぶつ喋っててさ、気味が悪いったら」  なんて答えればいいか分からないまま、好奇心だけで隣の檻に近付いた。
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