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「さぁ、さぁ、皆様お立合い。間もなく始まりますよ。何が始まるかだなんて! 中へ入れば全て分かることでございますから。多くは語りますまい。どうか皆様その御御足、一度留めて御覧下さいまし。夢のような一時をお贈り致しましょう。花屋敷花一同、皆様とお会いできることを心待ちにしております……」
ぱっと見ただけでも美しいと分かる女だった。艶めく黒い髪に陶器のような白い肌と真っ赤な唇、輝く瞳は黒曜石のよう。そんな花のある美しさだった。
その女の声に引っ張られるかのように花屋敷の中へどんどんと人が入っていく。顔見知りもいるのだろう。入って行く人の中には、女に手を振ったり、軽く会話をしたり、会釈する人までいた。
「今日は柊さんがいらっしゃるのでしょう。待ちきれないわ」
「露草が何の芸を見せてくれるか楽しみだよ」
「桔梗はお休みかい。残念だねぇ。あの子は話し上手だから」
理解のできない言葉が耳にいくつも飛び込んでくる。彼らの会話も、垂れ幕に書かれたことも、この中で何が起こるのかも、茂雄には何一つ分からなかった。分からないとなると、俄然気になってくるのが人間の性というものだ。
それでもなお踏み出す勇気は出なかったが、意を決して、赤い着物の女に近寄る。そしてここは一体何をする場所なのかを問いかける。
すると女はにこりと笑って、入ってみたら分かることでございましょうと答えた。
「入る人生と入らぬ人生。選ぶのはあなたよ。どうぞお好きになさって。何に価値を持たせるかもあなた自身だものね」
随分と馴れ馴れしい物の言い方だった。
面識のない若い女がこんな風に口を効いてくるなんて、茂雄には信じられないことだ。不快に感じるには十分だった。それでも、女の赤い唇が妖しく弧を描く。その唇に誘われるがまま、ふらりと建物の中へと入ってしまった。
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