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「ごめんなさい、これからはいい子になります。ちゃんとなんでもいうこと聞きます。ごめんなさい」  彼は僕の上に乗っかったまま刃物を握る。 「やだ、やだやだっ、ごめんなさい、ごめんなさいっ。嫌です、やだっ、やめて、お願いします。ごめんなさいごめんなさい!」  彼は泣き喚く僕の舌を手で強く掴むと刃物で裂いた。痛みに悲鳴を上げ、口から血を吐き出す僕を抱きしめる彼は嬉しそうだった。 「本当に可愛いねぇ、これでまた可愛くなれたね、蛇の子みたいだ」  恍惚とした様子で彼が呟く。いつから、普通の子じゃなくなってしまったんだろう。  もう夢の中の母の顔はなく、声も何を言っているか分からなかった。悲しさや寂しさは当の昔に感じなくなっていたが、代わりに憎しみだけが募る。ぼんやりとした姿のその女に掴みかかる。いつの間にか持っていた刃物で顔を、体を、幾度となく突き刺した。死んでしまえ、と思った。苦しみぬいて死んでしまえと。  あの男のこともいつか殺してやろうと思った。夜になると何度も何度もあの男を殺すことを考えた。どうやって殺してやろうかと考えることが日課だった。  隣の部屋の女の子は昼夜問わず、何か喋っていた。誰がいるわけでもないのにぶつぶつと訳の分からないことを口走っていた。それを聞くと泣きたくなった。彼女は、女だから、ずっと、ずっと、毎日、毎日、あの悪夢みたいな夜を、気が狂いそうな時間を繰り返しているんだろう。彼女の声を聞くと思い出したくないことを思い出してしまうから、なるべき聞かないようにして、あの男をどうやって苦しめようかと考えてた。  客として女がやってきた。初めて見る女だった。無遠慮にこちらを眺め、皮膚がどうなってるかや蛇みたいだとか不愉快なことを口走る。もう二度と会いたくないと思ったが、あの男に、主人に、それを伝える気にはならなかった。女は頻繁に訪れた。他愛ない話の時もあれば、不愉快な言葉をわざわざ選んでいるのではないかという日もあった。 「もう、お前とは話したくない」  ある日、そう言った。彼女はきょとんとしていたが気分を害した様子はなかった。 「こんな客腐るほどいるでしょうに」 「お前ほど不躾で下品な女も中々いないよ」 「ははは。私はね、君のそういうところがとても気に入ってるよ。憎たらしいところがね」  話したくないとまで言ったのに彼女はそれからも度々訪れた。
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