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「ねぇねぇ、お腹空いたなぁ。お菓子とか果物が食べたい」
「ね、ね、飴湯も飲みたいよね。ご飯まで待てないなぁ」
目の前の男の名前は知らない。だから使用人の一人 だろう。いくらほかの人がどうでもいいからといっても同じ見世の人たちの名前はさすがに覚えたのだ。だから、名前の知らない人はみんな使用人だ。持ってきてほしいという旨を伝えたつもりだったが彼は困ったように笑う。
「二人ともごめんね、露草から用事を言いつけられてあるんだ」
まさか、断る気だ!なんて生意気なんだろう!
「そっか、仕方ないね」
一瞬だけ、思考が止まった。ちらりと彼女の視線を感じた。
「……うん、そうだね、仕方ないね」
目の前の彼はぽんと手を打つ。そしてごそごそと懐を探ると飴を取り出した。
「良いものがあるんだ。ほら、飴をあげる。露草から貰ったやつだから美味しいよ」
飴を受け取るとわたしたちはすぐに口の中に入れた。ころころと舌で転がしながら彼にばいばいと手を振る。
そうか、彼は露草の使用人だったのか。多分、また忘れるだろう。だってほかの人はどうでもいいから。そのはずだから。
「あの飴、美味しかったね」
「今度、露草にありがとう言おうね」
うん、と頷く。夜になると部屋は真っ暗だ。暖かい布団と聞きなれた声があるとまだ安心できる。
「露草の顔に落書きしてみたいな」
「寝てる時にこっそりやっちゃおうか」
二人でそう話して笑った。
眠らないで。まだ眠らないで。
ねぇ、昼間、仕方ないって思ったの?本当に?生意気だって思わなかったの?どうして?
眠らないで。まだ眠らないで。
ゆるりと睡魔が襲ってくる。
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