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「名前を覚えて欲しいの」
顔に落書きされている露草がそう言った。
てっきり眠っている間に落書きをしたことを怒られるのだろうと身構えていたので拍子抜けだ。そんなわたしたちの前には露草と使用人の男がいる。
誰だろうか。そういえばこの前、飴をくれた人ではないだろうか。そうか、彼は露草の使用人だったと思い出した。
「露草、俺の話を聞いてくれたのはありがたいんだけど、落書きを綺麗にしてからにしようよ……」
そう言って彼は露草の顔を拭う。落書きのなくなった綺麗な顔が出てきた。
「彼は榊って言うの。優しくて面倒見のいい、私の大切な人よ」
露草が彼をそう紹介した。二人は顔を見合わせると笑い合う。
心の底からどうでも良かった。興味がない。きっとすぐに忘れてしまうだろう。
「露草の大切な人なの?」
「そうよ。あなたたち二人と同じね」
別々の体なのに。そう思った。
何を考えてるのか分からないばらばらの人間なのに。わたしたちと同じだなんて。全然違うのに。
だってわたしたちは同じ体で何を考えているのかだって分かるんだから。
「榊、よろしくね」
そう言って握手する姿はなんだかほかの人みたいだった。
「ねぇ、今、何のこと考えてる?」
やっぱり夜の暗闇が嫌いだった。何だか不安になる。怖くて仕方ない気持ちになる。
ずっと一緒にいたのに何を考えてるのか分からない。そんな気持ちになる。何だか泣きたい気持ちでいっぱいだった。
「明日のご飯は南瓜がいいなぁってこと」
隣から聞こえる聞きなれた同じ声。
「うふふ、私も今、同じこと考えてた」
とても安心できた。夜の暗闇が平気になるくらいに。暖かい布団と聞きなれた声。安心して眠りについた。
「二人とも、私の簪を知らない?」
舞台を終えてご飯を楽しみにしていると椿がそう声をかけてきた。
「知らないよ」
「ね、分かんないね」
わたしたちの言葉に彼女はうーん、と頭をひねる。どうやら信用されていないらしい。
「本当に知らない? 隠しちゃった?」
「知らないの」
「じゃあ食べてしまったのかしら?」
「分かんないなぁ」
「そうね、野良猫に取られちゃったのかも」
「きっとそうだよ」
「もしくは足が生えて逃げたのかしら」
「そうかもしれないね」
うーん、と椿はまだまだ頭をひねる。少ししつこいくらいだ。
「二人に贈ろうと思ってたんだけど……」
椿のその言葉に顔を見合わせた。これは大変だ。
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