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それはちょっと街の人に話を聞いたり本を開いたりすればすぐに知れることだった。
それでも偶然だとするには引っかかる。
だからといって別にそんな大した話でもない。椿本人に尋ねれば済むことだ。
「ねぇ、椿。あなたの姓は九条だったわね」
本の紙をめくる椿の手が止まる。
それから彼女はこちらを向いて頷いた。
「九条って、あの有名なお家だったりするの」
椿がもう一度頷く。それからまた本の紙をめくり始めた。
その本は何も書かれておらず、白紙だ。白紙の本を読み続けている。
「それ以外の可能性があると思ったの」
挑戦的な、嘲笑うような、まるで高みからこちらを見下ろしているような。そんな笑顔を彼女は浮かべる。広い部屋に本だけをばらまいた生活感のない空間。作り物みたいに整えられた顔で笑って、現実味のない空間に一人で座り込む彼女を見ていると背筋が冷え込む気がした。
私の知っている椿ではないように感じたからだ。それどころか、この世のものではないようにすら見えた。
榊を呼んですぐにその場を立ち去った。寒気はだんだんと治まった。
椿は変わり者ではあるが決して悪い人ではない。
舞台に立つ私達の要望を聞いてくれるし困ったことがあれば相談にも乗っている。休日だって十分に用意しているし、必要な物があれば買ってきてくれる。無理はしないようにと皆へ配慮しているのも知ってる。なんやかんや良い人であると、そう思っていた。変わったところもあるけど良い人なのだと。それは数年の付き合いを経て、花屋敷の多くの人がそう思っていることだろう。
あの九条椿と座長の九条椿は同じなのだろうか。
もし、仮にそうだとしたら何故死んだことにされているんだろう。何故、お家を継がずにここにいるんだろうか。何かあったのではないだろうか。否、彼女が何かをしたのかもしれない。家から追い出され、死んだことにされるような何某を……。
それは一体『何』だというのだろうか。
いくら考えても答えなんぞ分かる筈もない。本人に聞けば済むことなのだろうか。それとものらりくらりとかわされてしまうだろうか。
「榊、あなたはどう思うかしら」
榊を呼び寄せ、一部始終を話し終えると困惑した様子だった。
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