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「ちょっと、待って。考えさせて……違う人だってことは考えられないかな」
榊はたっぷりと間を置いてからそう言った。
「でも、椿本人が認めてるわ」
間髪入れずに私が言うと彼は少しばつが悪そうだった
「そう、だよね……じゃあ別人が名乗ってる可能性は?」
「何それ。そんなことあるかしら。誰が何を考えて死んだ人を騙るって言うの」
「そうだよねぇ。じゃあどうして死んだことにされてるんだろ」
しばらく榊と二人で話し合っていたが、結局埒が明かないまま時間だけが刻々と過ぎて行く。やはり本人に聞く他ないのではないか。素直に話してくれるかは別として。あれやこれやと第三者の私たちが考えたところでそれが正解かどうかも分からないのだから。
そこまで考えて、ふと、気付いた。
第三者じゃなければ分かるのではないだろうか。例えば本人じゃなくったって、近しい人。渦中の人。
そう、例えば。
「九条の家に行ってみたら分かるんじゃないかしら」
榊はうぇっと吐き出すような声を上げていた。
「露草は、本当にもう……」
半ば呆れた様子だったが彼はそれ以上は言わなかった。
私が頑固だということを理解している彼のことだ。反対しても仕方ないと思ったのだろう。
外へ出掛けることを椿に伝えれば快く送りだしてくれる。
帰るところが他にない私たちがどこかへ逃げるとは到底思わないのだろう。ましてや逃げ出すほど酷い環境にいる訳でもないのだから。
榊に横抱きにされながら、足元を覆うように大きな布を被せている。道行く人たちにじろじろと見られることには慣れたものだが、心地良いものではない。
「随分と大きいのね」
騒々しい街中を通り過ぎた片隅。そこに九条の家はあった。事前に人に聞いて調べた甲斐もあり、別段迷ったりもせずにすんなりと辿り着けた。
花屋敷も母屋も、一つの見世にしては大規模ではあるがそれとは造りが違う。
これがお家だと言うのだから随分と贅沢な話だ。そう思える程に九条の家は大きい。正に豪邸という言葉がふさわしいものだ。住んでいる人がどんな暮らしぶりなのか全く想像がつかない。
「榊の家も商家だったわよね。こんな感じなの」
「まさか! これの三分の一、いや、五分の一、ううん、もっとかな……」
ううん、と声を上げて唸る榊の頬を軽くぺしりと叩く。
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