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「本題に戻りましょう。椿のお父さんに話を聞きに行くのよ」
「誰のせいで話がずれたんだと思ってるんだか」
丁度よく、家の門を出る女がいた。三十代半ばのその人は箒と手桶、柄杓を持っており、掃除を始めますという分かりやすい出で立ちだ。ここから察するに使用人の女性だろう。
その女性に声をかけ、呼び止めると物珍しそうにこちらを見て来た。
「ここのご主人と話がしたいの。会わせていただけるかしら」
はぁ、と曖昧な返答が来る。
「どうですかね。旦那様も忙しい方でいらっしゃるから。そんな突然来られましても、ね」
最もな返事だ。彼女の淡々としたその話しぶりは慣れているように感じる。きっとこうして訪れる人が少なくないんだろう。事前に話を通しておくべきだったと思ったが今更のことだ。
「明日から遠方に行くものですから。今日しか時間がないんです。九条の旦那様には僕も彼女も随分とお世話になって……一言でいいんです。直接お礼を伝えたくて来た次第です」
ぬけぬけと。息を吐くように嘘をつく。
明確な要件と好意的な態度。それに押されてか、使用人の女が考える素振りをみせた。どこかの誰かとは違って榊にはとっつきやすさがある。恵まれた才能といってしかるべきだろう。
「こちらで少々お待ちくださいね。確認してみますから……駄目でも、気を落とさないでね」
彼女は先程より幾分か柔らかな口調でそう言うと、再び門を潜り、お家の中へと戻って行く。
「嘘つき」
「口が上手いって言ってよ」
しばらくして再び門から現れたのは先程の使用人ではなかった。
どこか椿に似ている雰囲気のある白髪交じりの初老の男性だった。
お金持ちと言われずとも分かる。きちんとした身なりと振る舞いをしていた。ゆったりと落ち着いた様子で彼が近付いてくる。
「話は優子から聞いてあるが……」
彼は足を止め、そこまで言うと私たちを見てあからさまに眉間に皺を寄せ、顔をしかめる。
「人と話そうと言うのにそんな格好で済ませるつもりか」
言いたいことははっきりと分かった。
女を抱いた男も、男に抱き上げられてる女も、常識がなってないと言うんだろう。その通りだ。誰だってこんな態度で話しに来られたら顔をしかめるに決まっている。
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