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「ごめんなさい、この通りですから。平にご容赦ください」
そう言いながら私は足元を覆っていた布を剥いでみせた。
私のくっついた足を見て彼はますます顔をしかめた。
「……要件はなんだ。手短に済ませてくれないか。私は暇じゃないんだ」
ふい、と顔を逸らされる。見るに耐えないといった表情だ。
躊躇いつつも口を開く榊を手で静止する。こんなことで一々気分を害してたら身が持たない。さっさと本題に入るべきだ。そう思って私は口を開いた。
「お嬢さんのことで聞きたいことがあるんです。九条椿さんのことで……」
私が言い終える前に食い気味に彼は声を張り上げる。
「君に関係のあることだとは思えない。そんな話がしたいなら帰ってくれ。答える気はない」
どん。目の前に壁を置かれた気分だ。
それでも食い下がる気は無かった。ここまで来たんだから。
「ええ、お話を聞かせてくだされば今すぐにでも帰りましょう。なんてことはないんです。一つ二つ、質問に答えてくだされば……」
「話す気は無いって言ってるだろう!」
辺りに響く大きな声だった。
怒りで顔を赤くした彼は頭を抱え、盛大な溜息をつく。最初の落ち着いた紳士的な素振りはいったいどこへ行ったのやら。赤ん坊みたいに顔を真っ赤にして歪ませていた。
「全く、常識も礼儀もなってない。外見に加えて中身までそれだなんて、お粗末なものだ。どんな環境で育って来たんだか……」
はっきりとした口調で帰ってくれと再び言われる。
話す気がないのはひしひしと伝わった。
これ以上ここにいても仕方ないのだろう。彼の意志は固い。
「大変、失礼致しました。お手間を取らせて申し訳ありません」
言葉にはせずに、私を抱いてる榊へ帰るように促す。
榊は何も言わずに踵を返した。
「でも、育った環境なんて皆どこかしら難があるものじゃないかしら」
二度と来ないでくれといい年した男の悲痛な叫びだけが響く。
見下してる人間に心を乱されてるんだから大層な人でもないのだろうと、そう思った。
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