開幕

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開幕

 せっかく栄えた場所に来たんだ。少しばかり羽目を外して遊んでいかないともったいない――と茂雄は思った。  茂雄は地方で暮らす商人だ。大金持ちとは言い難いが、それなりに成功した類に入る。  だからという訳ではないが、遊ぼうと思えば金はある。金はあるものの、日々の忙しさや地方でのそれなりに充実した暮らしぶりもあり、中々こうして栄えた街へ足を伸ばすことがない。  本来の目的である仕入や取引などといったことは日の出ている内に済ませてある。そして明日にはもう帰らねばならない。だから遊ぶのであれば、この一晩だけといったところだ。とはいえ、あまり訪れたことがない街だ。何処に何があるかも分からない。  ――それにしても、夜も随分と更けたというのに、さすが栄えた歓楽街だ。茂雄が普段暮らしている地方では考えられない程に賑やかだ。人通りも多く、まだ街の中が全体的にぼんやりと明るい。何処からともなく流れてくる音楽と客引きの声も混ざって、まるで祭りのようだ。その騒がしい中をあちらこちらと物珍しげに見ながらぶらつく。  何処へ行こうか、何をしようか。これにしようか、いやいや、あちらも見てみよう……そうしている内に、一時が経ったが、行く先はまだ決まっていない。ふと、足を止める。  彼の目を引いたのは花屋敷と書いてある建物だ。それはごちゃごちゃとした色遣いの遊郭のようだった。女遊びも悪くはないが……とそんなことを考えながらまじまじと建物を見る。  遊郭にしては、妙なところがある。目に優しくない煩い色使いを抜けば、そこそこ立派な形をしている。だというのに、二階から外にだらしなく引っ掛けられた垂れ幕が不釣り合いで妙だ。  そして垂れ幕にはそれぞれ人間ポンプ、双頭、芋虫、蛇男、人魚とこれまた妙なことが書いてある。更に妙なのは建物の中に若い女や男だけではなく、老いた連中や子供まで入っていくことだ。  茂雄は花屋敷が気になり、つかず離れずの距離から動けずにいた。これは一体何なのだろうか。いくら考えても、見ただけでは分かる筈もない。  その建物から若い女が一人、出て来る。真っ赤な着物に同じ色の簪を身に着け、嫌でも目立つその女は、外へ出てくるなり辺りを見回して声を上げる。
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