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 椿に飲もうと誘われて、飲んだ。俺と椿と、幾人かでいつもと同じように騒いだ。夜も大分更けてお開きになり、部屋へと戻る途中の廊下で、棗と会った。彼は、夕飯こそみんなと一緒に食べていたが、酒も飲まずに部屋へと戻っていた。 「……大分飲んだの」  声をかけてきたのは彼の方だ。そこから特に意味のない会話が続く。こんな風に二人で話すのも久しぶりだった。少し前は周りに感づかれる程に一緒にいたというのに。なんとなく、酔った勢いもあって、言ってしまった。 「あの子のこと、好きなのか」  彼は少々驚いた表情をしたが、それからすぐに微笑む。 「彼女といると自分のこと、少しだけ、好きになれる。幸せな気持ちになれる……そうだな、本当に大切に思ってる。すごく、あの子のこと、好きだよ」  彼は見たこともないような穏やかな笑顔をしていた。このところ、彼は丸くなった。  あんなに周りとの関わりを断っていたのに、人と食事をするようになった。挨拶や会話をするようになった。穏やかな表情で日々を生きている。全部、あの少女のおかげなんだろう。俺じゃなくて。あんなにずっと一緒にいた俺じゃなくてだ。  なんて返せばいいか、分からなくなった。返答に困るなんて、自分にしては珍しい。  散々迷った後に、そうかと一言だけ返した。なんて気の利かない返答だろう。でも、良かったと言うには自分の心境は追いついていなかった。それに、一体自分はどういう立場で棗とこんな話をしているのかも分からなかった。 「でも、お前のことも本当に好きだった。一緒にいて楽しかった」  思いもよらない言葉だった。  彼は相変わらず穏やかに微笑んでいる。睨みつけて近寄るなと言っていた彼が、触るなと泣いていた彼が、こうして俺に笑顔を向けて、他愛ない話をする。これで良かったんだろう。 「そうか」  惜しいと思ったのは言わなかった。もう二度と彼とは一緒に本を読んだり饅頭食べたりすることもないのだろう。きっと彼はあの子とこれから長い時間を共にするんだろう。 「明日も早いだろうから、夜更かしも程々にしておけよ」 「はは、飲んだくれの口からは聞きたくない言葉だ」  恋心なんて綺麗なものじゃない。憧れてた愛情でもない。  ただの、ただの、醜い執着心。  ああ、どうやら俺も、存外普通の人間らしい。
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