第2章

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「夢と現実の、狭間……」  それはまさに、俺の現在(いま)を表しているかのようだった。  彼女が知っている「名前のある」俺と、記憶を失い、この世界で彼女に寄り添って生きている俺。一体どちらが本当の自分なのか。今俺はまさに、「自分」という存在の狭間に居る気がした。 「俺はやっぱり、曖昧な存在、なのかな」  不安に溺れそうになる。ここに居たい、彼女と生きたい。そう願うようになってから、自分の存在の危うさに気付き、この日常を失うことに怯えた。いっそのことすべてを知りたいと望むのに、彼女がそれを許さない。  不安。恐怖。歯痒さ。苛立ち。  様々な感情が俺の中を駆け巡る。先の見えないトンネルに、果たして出口はあるのだろうか。それすらも、分からない。  彼女が再び手を少しだけ強く握り返した。俺の不安を見抜いたのだろう。彼女特有の、慈愛に満ちた表情で俺を見つめている。そして俺がこれ以上不安にならないようにと、そんな優しさで言葉を紡いでいく。 「荘子の『胡蝶の夢』で有名なのはここまでなの。でもね、その後こう続くのよ。 『どちらが真実の姿か、それは問題ではない。そのいずれも真実であり、己であることに変わりはない。  いずれをも肯定し受け入れ、それぞれの場で満足して生きれば良いのである。  夢が現実なのか、現実が夢なのか。しかしそんなことは、どちらでも良いことだ』」 「……荘子は、前向きだな」 「ふふ、そうね。でも、とても素敵な考えだと私は思うの」  彼女は繰り返す。繰り返し、俺に「秘密」を貫く。  それは驚くほど頑なで、どれだけ俺が訴えても、彼女の気持ちは変わらない。それでも今回は、俺の不安を取り除こうと、一生懸命考えてくれたのだろう。  「貴方は貴方よ。貴方が何者であっても、そんなことどちらでも構わないわ」  それが彼女の本心であることが十分伝わってくる。  こんなにも曖昧な俺の存在を、彼女はそのまま受け入れてくれるのだ。  悩みは尽きない。不安も恐怖も、消えることはない。  けれど、彼女がそんな風に言うものだから、少しだけ心が軽くなった。
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