色彩 3

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手に触れた瞬間、思わずこの中の世界に引きずり込まれたかのような感覚に襲われた。無機質なディスクのはずなのに、形容しがたい温もりに溢れていて、たった数グラムにしては重すぎる何かが、私の手の上に存在している。 ………これは、感情? 誰のものかも、それがいつ作られたのかもわからない。だか明確に「そこにある」と実感させられたその感情と共に、私の世界が徐々に彩られていった。 …………そう、彩られて、いったのだ。 「先輩たちが言ってた。『この中では誰もが主人公になれる』って」 ふいに流れる涙を隠しながら、私は先輩の話に耳を傾ける。幸い、ここにいる誰もが先輩の話に聞き入っていて、涙は見られなかったようだ。 「『与えられた役割なんて関係ない。照明とか音響だって関係ない。名前のある誰かでいられることが大切なんだ』って」 DVDの後ろには、今から2年前を示す年度と携わった生徒の名前が書いていた。その中に、「松沢 潤」という名前が表記されている。確か先輩も先ほど潤という名前で呼ばれていたことを思いだしながら、同時に、言葉では形容しがたい感情が沸き起こる。 「…………面白そう」 ふいに恵が、ポツリと呟いた。 「先輩!私たちが入ったら、その人たちみたいに映画作れますか!?」 「はは……語っといてなんだけど、そんなに簡単じゃないよ~?」 先輩の言葉に同調するように、周りの部員たちもそれぞれに想いを馳せる。そりゃ部活に入ってまでやってるんだ。好きという気持ちや憧れは、誰だって持っているのだろう。 「いいんじゃないかしら、そのほうが面白そうですし」 「あれ、優花いいの?吹奏楽に入らなくて」 「こんな話聞かされたら入りたくなっちゃうじゃない。それに、私こう見えて映画は好きなのよ?」 気がつくと外の歓声は無くなっていて、代わりにツバメの声が聞こえる。時計を見ると、いつの間にか夕暮れが私たちの影を伸ばし始める時間だった。中にはもう、家に帰り始めている生徒たちもいるだろう。部活終了のチャイムは、もう鳴り出す準備を始めている。 「そっか……真白は?」 ほんの一瞬、時間が止まったような気がした。それは二人の目に乗せられた決意を感じたのか、それとも私が、恵からの問いに言葉を詰まらせてしまったからだろうか。 「っーーー私はーー」 精一杯吐き出した言葉は、チャイムに書き消されてどこかへ消えた。
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