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それは、この世界ではよくあることだった。
あちらこちらに散らばる、さっきまで乗っていた車だったもの。
小さい女の子が倒れているのにもかかわらず、手を差し伸べることをしない野次馬。
休日の昼時にテレビ越しでしか見ない光景が、すぐ目の前に広がっている。
「、、、、ぶですか!?聞こえてたら返事をして!」
ぼやける意識の中で聞こえたその言葉は、よくよく考えたら一番優先すべきものだったのだろう。だが幼かった私はその時、ただひたすら手を伸ばすことを優先した。
それは、人見知りだった私が一番信用できる相手だったからだろうか。
それとも、それに触れられるのはもう今しかないと、どこか本能的に悟っていたからだろうか。
「、、、お父、、、、さん」
ようやく掴んだそれが、雪にあたりヨレヨレになった赤い紅葉か、誰かの一部だったものかは分からなかった。
「おい!こっちはまだ息があるぞ!」
その言葉は、私のいる場所よりずっと後ろで聞こえた。
息をするのでさえ辛いと感じる痛みのなか、ようやく運ばれてきた担架の上に乗せられる。ただでさえ力がなく、さらに傷を負っている体のなんと弱いものか。
些細な抵抗も虚しく、必死に伸ばした手は父親から遠ざかっていった。
どうして、こんなことになってしまったのだろう。
確か、今日は幸せな一日になるはずだった。
小学校生活最後の誕生日。地元への中学校への進学祝いもかねて、盛大に盛り上げようという話がずっと前から挙がっていた。本当は他に行きたい中学校があったのだが、それを言うたびに「流石にそれは無理だ」と笑いながら話す父親。そのあとには必ず、「そのぶん、今年の誕生日は期待していいぞ」と加えて。
だからその言葉を信じて、ずっとずっと待っていたのに。
今頃家では、お母さんが私の好きなから揚げを作って待ってくれてるはずなのに。
なんで行きたい中学校があったんだっけ。
なんでプレゼントに、ずっと欲しかった青い空模様の髪留めを選んだんだっけ。
その日より昔の記憶は、どうしてか思い出せなかった。
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