クランク・イン 2

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「……………」 時々、ふと思うことがある。 外に置かれたベンチに座って、なんとなく海を眺めてみた。地平線の彼方まではっきり見える私の目は、だが空との区別をまるで出来やしない。ああ、確か優花にノートを借りる理由が「目が悪いから」だったっけ。本当は、黒板とチョークの色が見えづらいだけなのに。 私から色を奪った神様は、その代わりに色んなものをくれた。 それは絶望だったり、悲しみだったり、痛みだったり。 それが怖くてなにもしてこなかったから、いざと言うときに何もできない。自分に嘘をついているから、何が出来るかも分からない。 そんな「不良品」の私に、どれだけの価値があるのだろうか、と。 色の抜けた世界は、なんだか妙に分かりづらい。 色の抜けた食べ物は、想像よりずっと味が薄い。 具体性を失ったものは、とたんにその信用を失う。じゃあ具体的に物事を理解できない、情報の抜け落ちた私は、どうすればいいのだろうか。 「いっ…………」 今までは精一杯だったものをやめた瞬間、妙にある余裕が生まれる感覚は誰もが感じたことがあるんじゃないだろうか。例えば宿題が終わって、その日一日が自由になったときとか。嫌なことを解決することで、そのぶん心が軽くなったりとか。 その空白を使って、私はどうにか思い出そうとする。抜け落ちた情報を、必死にかき集めようとする。昔見えていた町の景色を、「あの日」より前の出来事を。 しかしどうしてか、思い出すことはできない。 「どうしたの?全然食べてないじゃん」 「…………あ、潤さん」 「もしかして眠くなっちゃった?まあ今日は初日だからね。今もうるさいアイツらが異常っていうか……」 指差す方を見ると、美咲さんがおとなしい理子さんに絡んでいて、それを2年生二人が止めようとしている。それに恵も混ざっていて、遠くからは博人さんと優花が写真を撮っている。……なんとも奇妙な光景だった。 「………ねぇ、」 それは、遠くの喚声にかき消されそうなくらい小さな声。閉じかけていた目を開き横に移すと、潤さんは空を見上げながらポツリと呟いた。
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