カメラワーク

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「ーーーーもしもし?潤くん?」 聞き覚えのない声に名前を呼ばれ、閉じかけていた俺の両目が開いた。 その日は今までの暑さが嘘みたいに涼しくて、もう秋が近いと察するにはちょうどいい日だった。学校では担任からの申し出で立候補した生徒会の選挙があって、そのために整えた制服を着崩す。今ごろ学校ではその結果が貼り出されていることだろう。 だがそんな事よりも昨日の夜更かしのせいで疲れきっていた俺の体は一刻も早く休むことを優先した。今日は先生が出張のため部活は休み。いつも来ないんだから居てもいなくてもいいんじゃないかと口を尖らせたが、教室の鍵の関係や先輩方のこともあって渋々帰ってきたというわけだ。 せっかく、昨日頑張って台本を作り終えたというのに。 もはや今の俺に、階段を上って自分の部屋に向かう元気すらない。母親がいるリビングに入って制服のままソファーの上に寝転がる。ああ、ようやく眠れる……そんな時だった。 ーーーージリリリ!! スマートフォンが普及し様々なコミュニケーションアプリが作られたこの時代。滅多に鳴ることのない固定電話の音が響いた。母ですら戸惑いながら受話器を取って数分。ただ細かく相づちを打っていた母の顔が、少しずつ曇っていくのが横目でも分かる。 「潤、電話」 「え……?俺に?」 そうして受話器が差し出される頃には、母はすっかりと暗い表情をしていた。 俺はてっきり、お節介な先生が生徒会の結果をわざわざ電話してきたとでも思っていたが、どうにも様子がおかしい。せめて誰からとか用件とかを聞いとけばよかったものの、よほど警戒していたのか、俺は受け取ってすぐに受話器を耳に当てた。 「ーーーーもしもし?潤くん?」 「そうですけど……」 少し歳の離れた女性の声。母と同じくらいだろうか、頭のなかでグルグルと記憶を辿りながら声の主を特定しようと試みるも、そもそも女性の知り合い自体があまりいない。 そんなことを考える時間があるほど、電話の奥の女性はなかなか言葉を話さなかった。だが知らない人からの電話でこちらから話題を出せるほど、コミュニケーション能力が化け物じみてる訳でもない。 そうしてできた沈黙の時間が、より緊張感を演出していた。
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