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「久しぶり……私、小鳥遊 真白の母です。といっても、もう覚えていないかしら」
「………小鳥遊…?」
珍しくも聞き覚えのあるその名字に、そして何度も口にしたその言葉に俺は彼女の面影を見る。明確に思い出されたそれは心を溢れさせ、体の疲れさえ感じなくさせた。
………だがどうして今になって?俺がこっちに引っ越してきてから、もう7年も経っている。
電話番号だって変わって、こうして連絡を取るだけでもなかなかに労力を割いたことだろう。本人に直接聞けないとなると、知人に片っ端から聞くしか方法が思い浮かばない。そう考えると、確かに電話の女性の声には若干の疲れが混じっている気がした。
「………どうかしたんですか?」
まだ理解が追い付いていない頭が真実を求め言葉を促す。誰が知っているかさえ分からない連絡先を求め労力を使うくらいだ。もしかしたら最初から知っていたかも知れないが、それはそれで恐怖を感じるもの。事実を確認しなくては、どうしようもない。
「…………来年の春、そっちに引っ越すことにしたの」
「………はい?」
「それで、真白をあなたのいる学校に入学させようと思って」
それは、願ってもない言葉だった。
出来ることなら会いたいと、どれほど願っただろうか。それほどまでに俺は過去にいて、あの日の約束に囚われている。いや、囚われるのを望んでいた。
また、昔のように一緒にいられる。たったそれだけのことが、うれしいと感じるほどに。
、、、だが世界は、それほど甘くはなかった。
その電話で俺は、現在の真白のすべてを知った。俺が引っ越してから少し経って交通事故にあったこと。それがきっかけで色を失ってしまったこと。
、、、、その時に、昔の記憶をなくしてしまったこと。
どうやら今回引っ越すきっかけとなったものそれに関係するらしい。これからの未来のこと、なくした記憶がとり戻れば色ももしかしたらなどと受話器越しに説明を受けたものの、どうにも頭にうまく入ってこない。ストレス?自己嫌悪?彼女が傷ついたという事実は、全て頭がシャットアウトする。
自分の一番大切な思い出が、土足で踏み荒らされたようだった。
「、、、そうですか」
彼女はもう、俺のことを覚えていない。そう思うだけで、今までの自分が馬鹿らしく思えた。
そりゃもう何年も経ってるし、普通なら引っ越すと決まった時点で諦めるかもしれない。
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