カメラワーク

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「確かに自分が思っていることを、人に共感してもらうのは大事かもしれない。けどそれじゃ、いずれみんな一人ぼっちになってしまう、、、この言葉、聞き覚えがない?」 それは俺が初めて映画に出演したときに言ったセリフ。当時は演技にしか携わっていなかった俺が、唯一先輩と一緒に考えたセリフだった。 あの頃は何をやっても楽しく、充実した生活を送っていたのに。 いつから、それが手から零れてしまっていたのだろう。 いつから、意味が変わってしまっていたのだろう。 「それはもちろん、誰かに知ってもらうってのは凄く大事だと思うよ?けどそれだけじゃない。誰も見ないような映画にだって、そこには感情があって、思いが詰まってるんだから」 ああ、そうか。 別に今までの状況が変わったわけじゃない。むしろ、ずっと変わってなどいなかったんだ。 けどいつからかそれに慣れてしまって。いまの自分じゃ少し物足りなくなって。 今までの「普通」という名前のものが、「幸せ」だったと気が付かなかったらしい。 先輩から渡された原稿用紙は、つい二日前に書き終えたはずなのにその内容はあまり思い出せない。こうだったら面白い。こんなストーリーが最近はやっていて共感されやすい。そんなことばかり考えていたから。 「たまには息抜きして、自分自身を見直してみたら?それにぴったりな時間が出来たわけだしさ。大丈夫!潤くんだったらきっと来年にはたくさんの映画が作れるって!優秀な後輩もいるわけだし?」 そう言って視線を逸らす先輩から落ちた涙を、俺は見逃さなかった。 それと同時に、どうしてか胸にあった塊がストンと落ちていくような感覚に襲われる。 先輩だって、本当は映画を作りたかったに決まっている。そうじゃなきゃわざわざ直に相談しになんていかないだろう。 「あ、そうだ!せっかくだし部活紹介の映像でも作ろうよ!人は多いほうが楽しいし、やれることも増えてくるでしょ?」 「おー、いいじゃんそれ」 今まで何か言いたそうに、だがそれでいて無言を貫いていた先輩たちから声が上がる。きっとそれぞれで葛藤し、思いを貫いたんだろう。 俺は先輩が言った言葉を、別に全て信じ込んでなどいない。 だが伝えようとしたことはなんとなくわかるし、自分の考えと違う、と突き飛ばす気にもなれなかった。
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