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「『、、、え、そうだっけ?朝伝えるのすっかり忘れちゃってたかも。ごめんね、お兄ちゃん!』」
台本を見ていないという行為と口にしたセリフの恥ずかしさで、私の顔が徐々に熱を帯びていく。一人っ子な私が普段なら絶対言わないその言葉。練習でやった告白よりもずっとたちが悪いそれは声が裏返る程言い慣れていなくて、もういっそ耳を塞いで進むのを止めてしまいたかった。
でも、私にお兄ちゃんと呼ばれた潤さんが少し吹き出したのはちゃんと耳に入っていた。やはりふざけてそうしただけで、潤さんの考えた設定にはあまり意味はないんだろう。
そう……意味は…ないはず………
妙に突っ掛かる何かを感じて、ふいに緊張の糸がほぐれてしまう。自分はみんなと比べて台本を作ったぶんセリフは少し少なくしてもらってはいるが、それでもこの状況はまずい。セリフを見失わないようにしながらどうにか集中しようと試みるも、突然気になり出した頭痛がそれを邪魔する。
……まただ、なんだか最近……思えば台本を書き始めた時から、頭痛が酷くなってきた気がする。
「『あ、ちょっと言いたいことがーーー』」
ーーーガラガラ!
やはり慣れているのだろう。もしかしたらこっちが本物かと思うくらいの美咲さんの言葉は、だが突如勢いよく開けられた引き戸の音で遮られる。
「……何やってんだ?」
どこかで聞いたことのある、特徴的な低い声。
ちょうど扉がまっすぐ見える位置にいた私は、だがまだ治まらない頭痛のせいで反応が遅れてしまった。
さっきまでの緊張とは全然違う、どこか冷たさを感じる緊迫感を纏う三年生に、気がつかないまま。
「…………何しにきたんすか?」
扉に背を向けたまま潤さんが問いかける。
三年生が敬語を使ったこと、そしてようやく理解できた視覚的情報のお陰で、入ってきた人がこの学校の先生だということにようやく気づく。しかも相手は進路担当だがなんだかの先生で、よく集会でも壇上に立っているのを見たことがあった。
「顧問が部活を見に来て何が悪い?それより、三年生の活動は文化祭で終わったはずだが?」
顧問…この人が…?
話で根付いていた、不真面目で適当な印象とはまったく違う格好。
折り目のしっかりついたスーツと厳格そうな表情、そして潤さんとの間に漂う空気が、何も知らない私に恐怖を感じさせた。
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