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「…………先生」
「なんだ?今からでも止める気になったか?」
声からだけでも、彼が弱気になっているのが充分に伝わる。それはそうだ、10月の前半に差し掛かった三年生がどれだけ悩まなくちゃいけないかなんて痛いほどに分かっている。先生の話が本当なら、まだどうするのかさえ決まっていない潤さんなら、なおさら。
「………意味があれば、問題ないんですよね?」
「………なに?」
その言葉に、先生の顔がいっそう固くなる。背中ごしでは潤さんの表情は見えないが、いつの間にか、さっきまでの拳の震えは無くなっていた。
「今俺たちは、一般の方に見せるための映画を作っています」
「………それがどうした?」
「俺はそれだけでも、充分意味があると思っています。生徒だけ、学校の関係者以外にも作品を見てもらうことで実力の向上にも繋がりますし、地域との関わりを持つという意味では不利益にはなりませんよね?」
「それは確かにそうだが、お前らがそれに携わる必要はないだろう。一年も入ったわけだし学生の本分は勉強。それを蔑ろにしてまでやることじゃない」
「………授業だけじゃ分からないことだってある。上下左右の関わりや関係、みんなで力を合わせることの大切さと楽しさ。それは部活じゃないと味わえない」
「未来で必要になるもののために、肝心の未来を棒にふるなんておかしいとは思わないか?それにそれくらいいつでも実感できる。みんながみんなそこにたどり着くものでもないだろう」
「みんなみんなって………どうして全員を一括りにしたがるんだ!一人一人として見ないんだよ!」
ふと告げられたその言葉に、私の心の中に光が灯った。
潤さんは別に、私に向けて言ったわけではないのだろう。彼は今説得に夢中で、周りを気にする余裕もなくらしくない大声を発している。
でも……だからこその心からの声に、私はようやく気づけたのだった。
潤さんが普通とは違う私に対しても優しくしてくれる理由に。
………彼の近くにいるだけで安心できる理由に
進路指導という立場もあり、目前の生徒にここまで反発されることは少なかったのだろう。先生は驚いた表情を浮かべながら、静かに唾を飲み込んだ。
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