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 まったりとした空気が店内に流れていた。  バイトを再開して一週間が過ぎていた。  ぽつぽつと客がやってくるが、席は半分も埋まらない。わたしが帰ったあと、九時を過ぎれば、もっと酒を求める客がやってくるのか。わたしは眉根を寄せる。  バイト再開当初は、機嫌良く観葉植物の葉っぱをから拭きしていた店長さんの元気が、日に日に萎んでいく。から拭きの手を止めては、溜め息を吐いていた。 「ヤバいかも」  村瀬さんがトレーで口元を隠し、囁く。 「それって」  わたしも同じように隠して、聞き返す。 「昼のランチはそこそこ客が着いているけど。それ以外の時間はダメ。特に夜間が暇すぎるわ」  ランチは原価すれすれの大盤振る舞い。  人件費と諸経費を捻出させるために、夜に酒で稼がないと、利益が出なくて店としてやっていけない。  思いがけない暴露に、わたしは目を瞬かせる。だって、誘われたのは。 「忙しかったからではなかったんですか? 手が足りないから、わたしが呼ばれたのでは」  そうではなかったのか。  村瀬さんが顔をしかめて首を振る。 「暇なのに、刻月さんをバイトに誘って欲しいなんて、変だと思ったのよ。だから店長さんに訊いたの」  ニヤッと笑い、 「ナイショの話だよ」  そう言って、小声でわたしに密告した。  わたしがバイトしていた夏休み期間中。  この店が今までになく混んだ。  最高の売り上げを連日叩き出した。  だが、わたしが辞めた途端、以前のような売り上げに戻ってしまった。小中高の夏休みが終わったからではない。  大学生のわたしは私立大学に通っている。  私大のほとんどは七月いっぱい講義がある。夏休みは八月と九月。九月下旬までわたしはバイトをした。  わたしがバイトしていた八月九月と、森の館は最高の売り上げで湧いていた。らしい。  店長さんは、あの繁盛よ今一度、と思ってわたしを呼んだようだ。 「わたし、招き猫?」  あの忙しかった夏の日を思い出しながら、自分を指差す。 「夕方は客が少しずつ増えているのにあなたってたら、夜はダメで。九時で帰ってしまうから」  眉をすっと上げ、苦笑する。
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