14ー1/2

5/24
14人が本棚に入れています
本棚に追加
/251ページ
 身の回りの物をまとめるわたしに、真奈ちゃんがすがりつく。一緒に連れていってと泣く。  夫は穏やかでとても良い人。  連れ子の二人も優しい性格。  いけないのはこのわたし。夫の子を望まなかった。子は母であるわたしを見限った。この世と決別した。  彼の顔を見ているだけでいい。  ……それもいけない? 罪なのか。  情緒不安定なわたしを心配した元夫が、わたしの引っ越し先に真奈ちゃんを通わせる。食欲が湧かないわたしに、二人で覚えた手作りパイやケーキを届けにきた。  可愛い真奈ちゃん。けれどわたしたちはもう、縁の切れた赤の他人。兄の面影を持つ姿を見ることがつらくて、つい、言ってしまった。 「もう、ここに来ないで」  すべてを絶ちきりたかった。  それでも縁もゆかりもないこの土地に居続けたのは、ライターとしての仕事で生計を立てられたからだ。  生活に困らないように。  元夫が裏から手を回して助けてくれていた。わかっていて、知らん振りしていた狡いわたしがいた。  いつの頃からか。わたしの携帯電話に迷子メールが紛れ込むようになった。  秋。美しく成長した真奈ちゃんに会った。友だちが居たせいか、それともわたしが居なくても平気になったのか。目線も合わせてこなかった。  何かが胸の奥をチクリと刺した。  腹の底から苦笑いが湧き起こった。痛みを振り切った。  ──無性に彼に会いたくなった。  制御できない熱が、体を駆け巡った。  彼の携帯電話はもう繋がらない。メールアドレスも電話番号も変わった。  設定はただ一つ。  パソコンメール。  今も繋がるだろうか。  震える指先でアドレスを表示させる。  文字を打ち込む直前、指が止まった。  わたしとして送れるわけがない。  そして思い出す。あの迷子メール。  緑という名前。引きこもりの高校一年生。学校でも家でも居場所がなくて、つらい、寂しい。  心優しく律儀な彼は、返事をくれた。  繋がるか試すつもりのメールが。  密やかな恋心を育んでいく。  会いたい。ひと目だけでも。  でも。どういう口実を見つけられる? すでに他人だというのに。  否。それ以前の問題として、メールのプロフィール全部が偽りだというのに。  真奈ちゃんの友だちがバイトをしている飲食店。友だちが窮地に追い込まれた。ライターとしての興味が湧いた。身代わりを申し出た。  刻月由依。  なんて面白い子なのかしら。  特殊な力を持っているくせに、おどおどしている。普通でいたがっている。  予想しているのが由依だとバレた。メディアが騒ぐ。わたしはメディアの受け皿となった。由依は東京に呼ばれた。頼りない母親は、娘をわたしに委託した。  この子、使える。  けれどわたしは焦らない。  冬休みは今後の足がかり作り。  こちらでの生活基盤を整えてから、ゆっくり彼に近づいていこう。  再会は唐突だった。 「おかあさん」  彼はわたしをそう呼んだ。  名前を呼んではくれなかった。  少年時代の面影はすでになかった。  闊達な逞しい青年が目の前に居た。
/251ページ

最初のコメントを投稿しよう!