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「...愛って何ですか?」
スピーカーから機械音が鳴る。
その声の主は目下開発中の人工知能だ。
名前はまだ無い。
性別も不明だ。そもそもAIに男も女もないか。
黒木は少し戸惑っている。AIは思ったより性能が高く、黒木の言うことを良く理解した。恐らくは黒木が大学で教えている学生達よりも遥かに優秀だろう。
だが、それでもやはりAIに物事を教えることは簡単ではなかった。この生まれたての人工知能は、謂わば赤子のようなものだ。純真無垢で、全てを身につけてしまう。しかも、人間のように都合良く情報を忘れたり、改竄することも出来ないのだ。黒木が教えたことは枝葉末節まで、丸っと飲み込んでしまうだろう。教師の役目は重大だ。
黒木の方は、生まれてから40年も経つ。40歳のごく普通の大学教師だ。近現代日本文学を研究している。人工知能という分野には、全く関係がないと言って良い。彼らの言い方をすれば、一般人なのだ。
彼らというのは、このAIを開発しているラボのメンバーだ。民間企業と大学と経済産業省と、官民連携と産学連携を掛け合わせたような総力戦のそのプロジェクトが目指すのは、感情を持ったロボットの開発だ。人間と会話をすることが出来るAIは既に広く普及しているが、感情を持ってコミュニケーションを取れるものは存在しない。AIに思考だけでなく、心を持たせよういうことから、そのプロジェクトは”ココロプロジェクト”と名付けられた。
「そりやぁ愛って言ったら、Loveでしょうよ。恋人や家族や友人を大切に思う気持ちでしょう。地球を救ったり、注入しちゃったりするあれですよ。」
隣に突っ立っていた吉田が即答する。黒木と同様、吉田も一般人だった。彼もまた黒木と同じようなおっさんだ。2人が無作為に選ばれたとは言え、同じような年齢層のおっさんが揃ってしまうとは、教育上あまり良くないのではないか。黒木は心配になるが、プロジェクトの担当者は、今回はこれで良いと判断したらしい。
「情報がテレビジョンに偏っている気がしますけれど。それに、ラブ注入はかなり古いです。」
黒木は吉田に突っ込む。本当に大丈夫だろうか。心を持ったロボットが出来たとして、それがおっさんに偏った心だったら目も当てられない。キャバクラの接客練習ぐらいにしか使えないだろう。
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