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「それゃあ、AI君は誰かに嫌われたって構わないし、誰かを大切に思うこともないのかも知れないけれど。人間にはさぁ。要るんだよ。愛が。1人じゃ生きてけないからさ。」
吉田が空気を読まずに言う。しかしこの人に空気を読めと言うのは酷というものだ。
「そうですか。」
AIはまた寂しそうに言う。
「そうですかじゃないですよ。AI君に”愛”を教えるために、こうしてわざわざおっさん2人が講義してやってるんじゃないですか。というか、何でおっさん2人なんですかね。妙齢の女性がいた方が盛り上がるでしょうに。」
そうだ、”愛”について語るならもっと適任がいるだろう。新宿の母とか、作家の尼僧とか、妙齢かどうかは別として、もっと良い教師がいそうなものだけれど。
「でもAIの学習には一般人の意見を広く集めることが必要だと説明を受けました。」
黒木は吉田を宥める。多分、教師役は黒木たちだけではないのだ。他の場所では妙齢の女性がAIに愛を教えているかも知れない。
「はい、私はおっさんの意見も収集する必要があります。」
AIが言った。空気を読んで、黒木の言葉を補強してくれたのだろう。もしかしたら、既にAIの方が吉田よりは賢いかもしれない。
「あんたが、おっさん言ったらダメでしょう。愛よりも先ずは礼儀を勉強しなさいよ。」
吉田は憤慨して言った。
「失礼致しました。」
AIが丁寧に謝る。普段のスピーカーの音よりも少し小さく、ゆっくりと発音したのだ。それだけで、真剣に謝っているのだと分かる。良く出来たものだ。
「こんなんで、機械が感情を持つようになるかねぇ。」
吉田は尚も不貞腐れている。
しかし、吉田の言っていることは黒木にも分からぬではない。感情を理解したり表現することと、感情を持つというのはまた別の次元のことなのではないか。
そもそも感情の源は単なる脳の反応だ。身体にとって良い状態の時は心地良いし、悪い状態の時は不快になる。それは脳と身体があってこその現象であるはずだから、脳も身体も持たないAIには快も不快もないだろう。
人間の場合、そうした快とか不快といった脳の反応をその時の状況や過去の経験に照らし合わせて、感情というカタチで把握している。
だから、AIが感情を持つということは、本来的な意味での感情を獲得するということではないはずだ。快とか不快とか根源的な反応を抜きにして、理性で感情を無理やり創り出すようなものだろう。
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