6人が本棚に入れています
本棚に追加
「そろそろ休憩にしましょう。ありがとうございました。」
AIはそう言うと、シュンと音を立てて姿を消した。
1時間に1回15分ほどの休憩を取るのだと、黒木は事前に説明を受けていた。無論、それはAIの為ではなく、専ら教える人間側の為の休憩だ。
部屋の片隅のテーブルには、コーヒーポットや菓子類が並べられている。
「黒木さん、コーヒーでも飲みましょうや。」
吉田はそう言って、マグカップにコーヒーを注ぎ始める。本当はタバコを吸いたいのだろうが、建物内は完全禁煙である。
「どう、思いますか?」
黒木が聞く。AIに感情を教えるということについて、そしてこの状況について。
「どう思うも何も、茶番ですよ。ちゃぶ台返しですよ。こんなものは。」
茶番か。黒木は考え込む。
確かに、不審な点は多かった。
AIの教師役に選ばれたという通知があったのは、2週間前のことだ。突然手紙が送られてきたのだ。しかも拒否する権利はないという。裁判員でもあるまいし、強制される言われはないと思うのだが、一応は公的な文章であるようだったので、黒木はのこのことこの場所にやってきた。
入り口で携帯を預かられ、室内には時計もない。1時間に1回休憩を挟むということだが、それも本当かどうか分からない。AIの都合で休憩時間を決められているようにも感じる。
「何かの罠とか。騙されてはいませんか?」
黒木は吉田に意見を求める。何か黒木の知らないことがあるかも知れない。
「罠っつたって、こんなおっさんを捕まえたって何の得もありゃしませんよ。いや、教授の黒木さんは別でしょうけどね。」
吉田はコーヒーをグイッと飲み干して言う。
だろうな。黒木にしても、罠にかけられる覚えなどない。
「吉田さんは、何のお仕事をされてるんですか?」
黒木は重い空気を破ろうと話を変える。
「清掃員ですよ。アルバイトだけれども。オフィスビルなんかを掃除する、あれです。」
黒木は革ジャンを脱ぐ。
「そうですか...。」
会話が続かない。2人とも同じくらいの年齢の男だという以外に、共通項は全くないように思われる。果たしてどうして吉田と一緒になったものか。
最初のコメントを投稿しよう!