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第五夜 陽当アタルのサンタ日誌 過去篇 陽当アタルと聖夜の奇蹟 エピローグ
「飛び出し自殺ですってよ?」
「嫌ね、こんな日に限って自殺だなんて……」
野次馬の声が、放心状態のおれの耳に微かに入ってきた。
飛び出し……"自殺"?
…………ッ、ふざ……っ、けるなよ……。
目の前に転がっている死体は、生きていれば、もし、ここにいるもう一人の"孤独だった"人間と生きていれば、昨日から今日までのひとときを、これまでの人生で、最も幸せに過ごせるはずだったんだぞ……。
みんなが羨ましがるほど…………、そう、それこそ街中からライトアップされて、多くの人から憧れられるほどの輝かしい一瞬一瞬を現実にできる、はずだったんだぞ……。
「──……陽当アタル。」
おれの世界で聴こえる唯一の声の主"神"が口を開く。
「なんだよ……、神様。」
「神として、我はそなたに、この現実よりも、更に、魂となったそなたにこそ重要、且つ残酷な事実を告げねばならん。」
これ以上、残酷なことなどあるのだろうか──。
これ以上、凄惨なことなどあるのだろうか──。
「──そうか……。おれは聴くから、話してみてくれよ。」
神は一つため息を吐き、淡々と言葉を連ねる。
「人間の"自殺"という行為は、神の世界では赦されぬ。いや、更に正確に表現するなら、我らにはそのような行動理由が、そもそも理解できぬ。故に、通常の死者とは別に、"理解不能者"と判断され、自動的に『人心研究監視界』──通称『心究界』なる場所に送られる。」
聴き馴れない言葉だ。
この世界にあるとしても、"人間の住む世界"と、神様や死者がいる"天国"と、生前悪さをした死者がいる"地獄"があることはなんとなく理解できるが、『心究界』などは聴いたこともない。
おれの疑問を察することなく、神は続ける。
「心究界への導きは天国へのそれとは違う。ましてや、そなたのようにこの世に残るケースなど、まずあり得ない。心究界への導きは、強制移送と言っても過言ではないものなのだ。」
つまり、と神は現実を告げる。
「そなたと、その娘は、未来永劫、再び出逢うことはない、ということだ。」
「……やっぱり、そうか。」
不思議とおれは、冷静だった。
彼女との再会を願い、彦星になる仮契約を神と交わしたが、織姫の職務に就く魂が元自殺者では、人々の祈りも願いもあったものではない。
とどのつまり──、神は暗に問うているのだ。
『それでも彦星になりたいのか?』
と。
「──……神様、仮契約からたった一晩で悪いが、おれは、彦星を降りるよ。」
彼女と逢えないこの世界に残る理由はない、と言いかけて、おれは思考を止めた。
おれは、孤独だった。
彼女も、孤独だった。
おれたちを繋いで、孤独から救い出してくれたものは、もしかしたら運命ってやつなのかもしれないけれど、救い続けてくれていたもの、繋ぎ続けていてくれたものは、明白だった。
"子どもたちの笑顔"。
おれと彼女の"幸せの象徴"であり、自分独りの中では飽和してしまうほどの"幸せの塊"であり、分かち合ってこそ感じることのできる"幸せの形"。
【クリスマス】。
彼女は、心究界なる所へ送られ、二度と子どもの笑顔のためにこの世に舞い戻ることはできない。
ならばせめて、おれが彼女の分まで、子どもたちに幸せを運びたい。
そしてそのチャンスが、いまのおれにはある。
「神様。契約変更で頼む。おれは、サンタクロースになるよ。」
短く、微かに鼻で笑うような嘆息を吐き、そうか、と神は言葉を返した。
「しかしそなた。神に対して翌日に契約破棄とは、なかなかに肝が座っておるな。」
神は感傷に浸っているおれに気を遣っているのか、軽口を叩く。
「うるせ、クーリングオフだよ、契約なんかでもこの世じゃ使えるんだぜ?」
こちらも神に軽口で返し、改めて決心を固める。
おれのために命を落とした彼女の分まで子どもたちの笑顔を守り見届け続けようと。
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