第一夜 陽当アタルとお父サンタ

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第一夜 陽当アタルとお父サンタ

 十二月二十四日。  いわゆるクリスマスの時期がやってきた。  街は例年通りカップルでごった返していて、冬空の下の雑踏も甚だしい。  そんなリア充共をトナカイに牽かれたそりに乗り空から眺めることが、おれの年に一度の最大の苦痛だ。  もうここまでいえば分かると思うが、おれはサンタクロースという役職を、"神"から与えられた元凡人だ。名前は陽当(ひあたり)アタル。実年齢は二十五なのだが、いまは白いもさもさの髭をたくわえ、赤基調の服と帽子を身に纏った年齢不詳のオッサンの姿である。  そんなおれがなぜサンタになったかって?  それはあとで話すからまぁ落ち着け。  とりあえずいまのおれは虫の居所が悪いんだ。  このおれの目下で蠢くカップル共に恨めしさと羨ましさを抱かずにはいられない。もしおれが凡人なら、彼女の一人や二人(はべ)らせてあの烏合の衆のなかに入っていたというのに。サンタたるもの、今夜は子どもたちのために各家々を渡り歩かねばならん。  「そりだから歩かないだろ?」なんてツッコミはこの際スルーだ。  不意に、トナカイのツノが振動した。どうやら、早くも眠りについた子どもがいるらしい。そういう情報はトナカイが教えてくれる。  ただいま十九時五十六分。  生活リズムが完璧なのか、プレゼント欲しさに今日だけ早く寝ているのか、実際のところは分からないが、まずはその子のお宅を覗いて、その子が欲しがりそうなものを探るとしよう。その子の早寝の理由はともかく、今日はクリスマスイブだ。サンタはサンタらしく、毎年恒例の責務を果たすだけだ。  サンタにもプレゼント譲渡の年齢はあり、三才から十七才までと定められている。  上限が十七才に設けてある理由は、十八才からサンタ任命がなされるからという、非常に"神"側の都合に沿ったものである。  しかし、下が三才という訳は、最近、両親共働きでまともにクリスマスを楽しめず、寂しい思いをする子どもが増えているからという、とても温かな理由である。  トナカイに牽かれて件の子どもの家に着いた。  ──……が、面倒な事態に出くわした。  おれと同じ、赤基調の服を全身に纏い白髭をたくわえたオッサンが自宅玄関の前で、ガタガタと震えて立っていたのだ。  間違いない、サプライズを目論むお(とう)サンタだ。  お父サンタの年齢からして、眠りについたのは、まだまだサンタを信じている六才くらいの子どもだろう。  玄関の脇には明らかにサラリーマンが持ち歩く革製の鞄が置かれている。なるほど、仕事で帰ってこれないと思わせといて、サンタ衣装にて驚かせる作戦か。そして、プレゼントを渡したらそそくさと家を出て近所の公園辺りで着替え、何事もなかったかのようにスーツで帰り、翌日「サンタが来た!」という話を子どもから聴く予定だ。  でも残念!  あなたのお子さん、もう寝ちゃってますよ。  窓から部屋のなかを覗くと、仕掛人のお母さんも子どもにつられ微睡(まどろ)んでいる始末。  おれの仕事はプレゼントを届けることであって、この場合、おれはお役御免ということになる。だからいつもはここで退散するのだが……、このままではお父サンタが哀れにすぎる。  お父サンタから我が子へのクリスマスサプライズを完遂させるために、おれには、なにができるだろうか。  単純に、お母さんを起こせば、玄関で待ちぼうけを喰らっているお父サンタと最終打ち合わせをし、お母さんが子どもを起こして、サプライズ成功となるだろう。  しかしサンタの体質なのか、"親御さん"に触れるとただの二十五才の青年の姿に戻ってしまう。この姿を天から強要されるのは今夜限りなのだが、その今夜、大人の前で普段の見た目に戻った場合、おれはただのショタロリコンの不法侵入者となり、そのままお縄につくことになる。  そうなればお父サンタから制裁を喰らう可能性すら出てくる。サンタクロースから、"クネヒト・ループレヒト"へと変貌を遂げるお父サンタはさすがに見たくない。  触れる以外の起こす方法といえば、あとは音くらいか。  クリスマスの音といえばジングルベルだ。  ポケットをまさぐりベルを取り出す。  とりあえず一回鳴らしてみる。 「んん~……」  お母さんがベルの音に呼応して声を漏らした。  これは、いけるか。 「ハハァン、サンタさん来たみたぁい……Zzz……」  寝言ですか。もうそこまで来たなら出迎えなさいよ。  仕方がない、スヌーズ形式で何度か鳴らしてみるか。  三分に一度のペースで鳴らし続け、五度目でようやくお母さんが大きな伸びをした。  ──それを見届けたおれは、そっと家から距離をとる。  おれはその後遠くからお父サンタの行く末ひいてはサプライズ成功を見守っていた。  ちなみにお父サンタのプレゼントは、新型家庭用ゲーム機とパーティゲームソフトだったらしい。  サプライズ成功のあと、家族全員が各々ゲームのコントローラを持ちテレビの前で、テニスか卓球をしていた。  その夜、あの家から笑い声が絶えることはなかった。  おれよりもお父サンタの方が、あの子にとっては本物のサンタに思えたことだろう。  まだ【笑顔】を届けたことがないおれは、そんな卑屈なことを考えながら、次に、トナカイのツノが振動するときを待っていた。
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