(三)感情移入

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 そう言えば、昨年は懸賞類にはまりこんでしまった。毎日のように届くメールに記載されているURLをクリックし続けたものだ。結果は惨憺たるもので、一つとして当選の知らせは来なかった。  少しして、出会い系のメールが頻繁に届くようになった。その都度、配信停止のURLをクリックした。しかし相も変わらずに、別の配信先から届く。 「すぐにも、アドレスを変えなきゃ。じゃないと、色んなメールが届くもんだぜ」  と聞かされて、アドレス変更をした。そしてそれを機会に、懸賞応募を止めた。 「ご主人さま。さよこは、お嫌いですか…」  はきはきとした声が一転して、弱々しい声色に変わった。か細い声で哀しげな目を見せる。そのすがるような目が、わたしに痛く突き刺さる。 「いやいや、嫌いだとか何とか。そんなことはないよ。さよこちゃんは、可愛いよ」  思わず、とんでもない答えを返してしまった。どうにも人形だということを忘れてしまう。 「ご主人さま。まず、お手を見せて下さい。今、おいくつですか?」  手のひらの上を、人形の指が踊るようになぞっていく。くすぐったさの中、胸のど真ん中にじわりじわりとわき上がるものがある。気恥ずかしくなったわたしは 「若い頃はね、キャバレーなんぞで、手相見遊びをしたものだ。なあに、嫌がる素振りを見せられてもね、かまいはしない。こっちはお客なんだ。手を触るぐらい、なんだって言うんだ! だったよ。それに本心から嫌がっていないことは、こちらも分かっていたことだしね」   と、聞かれもしないことをべらべらと話し始めた。しかし人形は反応しない。プログラムされていることを淡々とこなしているだけなのだろうか。
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