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塚原さん
いつから、なんで、そんなふうに言われ出したのかは知らない。僕の耳にその噂が届いたのは、女子の会話に興味本位で聞き耳を立ててしまったからだった。
〘塚原慶子は魔女だ〙
なんだそれ。
魔女、という単語を聞いて随分とくだらない会話をしているなと、勝手に聞いておいて申し訳ないけれど、呆れた。
(今どき、魔女ってなんだよ...)
塚原の事は知っている。
僕のクラスメートだ。化粧っ気のない顔に、黒髪。きっちりと着られた制服。そして机で本を読んでいるイメージの強い、The真面目みたいな子だ。
それでも、笑うと可愛いことを僕は知っている。
......白状しよう。
実は、僕はちょっとだけ、彼女が気になってるんだ。
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「なぁ、塚原は魔女なのか?」
僕はなにを口走ってるんだ、と思わず心の中で自分で突っ込んでしまうくらい唐突に、そんな言葉が口から出ていた。
「私は魔女じゃないわ」
塚原は本から視線をそらさず、僕の質問にも特になにも気にした様子もなく答える。
誰もいない放課後の図書館で二人きりという偶然にも作り出された状況に僕は、少し浮かれてしまったのかもしれない。
塚原は大人しくて、教室でも会話という会話をしたことはほとんどない。
これが、ほぼ初めての一体一での会話なのにこれでいいのか、僕。
視界の隅でサラリとした黒髪が揺れ、塚原が少し鬱陶しげに耳に髪をかけるのを盗み見た。
学校の図書室に二人っきり。
それだけ、かもしれないが、少し気になる子と2人っきりという、現状に僕はつい、調子に乗っていたのだ。
「でも、クラスで、なんか女子がコソコソ言ってたよ。塚原は魔女だって」
(当然、僕はそんな噂信じていない)
小さい子じゃあるまいし、魔女の存在なんてフィクションだと知っている。
僕はただ、塚原との会話のネタがこれしか浮かばなかったのだ。
なにか、本の話でもすれば良かったかと思うも、僕は塚原の好みの本を知らない。
普段から友人関係が狭い僕には会話のレパートリーがない。…悲しくなった。
塚原は、ふぅ、と呆れたようにひとつ息をつき、僕をまっすぐ見つめた。ああ、怒らせてしまったか、話の内容が、幼稚すぎた。
もしかしらたら、気にしていないようでいて、本当は噂を気にしていたのかもしれない。なら、僕は酷いことを聞いたんじゃないか?
(ぁぁぁぁ!!失敗だ!)
表情はあくまで冷静に。
頭の中では絶叫だ。
初めての会話でデリカシーのないことを言って、塚原を傷つける様なことを言ったかもしれないなんて、僕は最低じゃないか。
たらり、と背中に汗が伝う。
図書室の壁掛け時計が秒針を刻む音がやけに響いて聞こえてくる。
塚原はパタン、と本を閉じてそして、にこりと笑い僕を見た。ゆっくりと、言い聞かせるように一言。
「私は、まだ、魔女じゃないわ」
「………………はぃ?」
あれ?僕の予想の斜め上の回答が来たぞ?
まだ、とはどういうことだ?
戸惑う。想定もしていなかった展開だ。
僕はてっきり、しつこいと怒られるか、最悪、呆れられて無言で図書室を出ていってしまうのではないかと思っていた。
しかし。
どれも違ったらしい。
戸惑う僕をみて、塚原は笑う。
この状況で、見つめ合うような形になり笑顔を向けられたことに胸が少しトキメクあたり、僕は馬鹿な生き物だ。
「千嶋くんは医師免許を持たない医者に診察してもらうの?」
なんとも意味不明な一言に思わず、コテンと首を傾げる。
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