ソツギョウシキ、フタツ。

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「もしかして……。失礼かもしれませんが、あなたが『カナメクン』ですね?」 「……はい。はじめまして」  先生はすぐに見付かった。わたしが頭を下げ、『卒業できました!』と報告すると『おめでとう、見てたぞ! 頑張ったな』そんな風に、にこやかに言ってくれた。そして『わたしの家族に会って下さい』とお願いすると、四人のところに一緒に来てくれた。先生の紹介をすると――、ママは泣きながら心からの謝意を先生に伝えて、パパはそれを見守りながら深々と頭を下げた。両親に対して包み込むような優しい笑顔を向けた先生は『お嬢様の努力です』と、努力なんかしていないわたしのことを、適当に持ち上げてくれた。  その後、両親の後ろで相変わらず鼻をズルズルしている要くんに気付いた先生は、要くんの方を見て優しく声を掛けた。途端に緊張した面持ちになった要くんは驚いた様子で返事をしてから、丁寧にお辞儀をした。 「あなたの貴重な経験談がきっかけで、彼女は今日の卒業式を迎えられたのだと思います。有難うございました」  先生は、要くんに向かって深く頭を下げると「実は、私も今日で卒業なんですよ」と、話し出した。 「私も今年度で定年退職になります。最後に彼女を送り出し、一緒に『卒業』できることは何よりもの退職への(はなむけ)です」  卒業式では泣けなかったのに! 先生の話を聞いてたら、涙が……。 「失礼ながら、『カナメクン』の高校時代の話を彼女から聞き、私は、私の40年以上にわたる教師生活を振り返りました」  ――長い教員生活において、一度でも生徒達の悩みや苦しみに寄り添えていたのだろうか? 多岐に渡る選択肢を示す努力をしてきただろうか? 主要教科では無いからこその、フォロー体制を敷いてあげることが出来ていたのだろうか……。  言葉を詰まらせた先生に、要くんが困った顔で「先生。僕等みたいなケースは、全体から見たら『特別』なんだと思います。でも、先生が彼女に対して『普通』に接してくれていたこと、僕は……。ずっと、彼女を通して感じていました」と言ってから、ゆっくりと独特のペースで話を続けた。  ――お蔭様で。僕と同じように、彼女は高校を『卒業』出来ます。僕達は先生に出会えたこと、彼女を助けて頂いたことに一生感謝し続けると思います。本当に有難うございました。  緊張しきった表情の要くんが話を終え、改めて深々と頭を下げた。すると、それを見ていたおじさんと両親が一斉に『ふぅ~』と息を吐いた。どうやら、無意識に皆を緊張させていたようだ。 「皆、どうしたんだよ? 僕、変な事言ったか……?」  クスクス笑いながら、改めて両親とおじさんと要くんに丁寧な挨拶をした先生は、最後にもう一度深々と頭を下げ『では、私もそろそろ職員室に戻らなければいけませんので――』いつもの優しい笑顔でそう言って、その場を後にした。良かった、先生に会ってもらえて。これでもう、わたしはこの学校に何の未練もなくなった。  さて。わたしには、もう一つの重要な卒業式(・・・・・・)が控えている。 「おじさん。――わたし、最後のホームルームに行ってくるから、体育館の裏で要くんと待っててくれないかな?」  両親に聞かれないように、コソッと『絶対に二人だけで来てね?』と念を押した! 今夜は我が家でお祝いをするって言ってたから、ママは準備で早めに帰宅すると思うし大丈夫だろうけど、一応。怪訝な顔をしたおじさんは、それでも理由は訊かず(・・・・・・)に『おう!』と応じてくれた。
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