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「なに読んでるの?」
「One Piece のペーパーバック」
「あッ! それ1巻? あの技ってどんな風に訳されてる?」
「ルフィの『ゴムゴムの銃』は『GUM GUM PISTLE』だから分かり易いけど、外国人に理解できるのかな? って疑問に思ったのが、ゾロの『鬼斬り』。これってローマ字表記になっちゃってて『ONIGIRI』なんだよ。ほら、ここにそう書いてあるでしょ?」
相変わらずわたしは誰とも群れることなく、午前中の授業が終わるとコモンスペースに行って、毎日一人でママが作ってくれるお弁当を食べる。何人かそんな生徒がいるが、何となく自分の場所というものを持っていて、わたしは窓際の端から三番目の場所に好んで座る。因みに端っこには、いつも眠そうにしている男子が座っている。
ある日、食後にいつも通り読書をしていたら、端に座っている彼が突然わたしに話しかけてきた。北海道出身らしくて、話し言葉に若干訛りがある。親元を離れ働きながら学校に通っているという勤労学生で、夜は大手飲食チェーン店で洗い場を担当していて、学費と住居は自分で賄っているらしい。
それ以降、わたしたちはなんとなく昼休みに話しををすることが多くなった。専門学校でできた、初めての友達かもしれない――
「鷹野さんの目標ってなに?」
「何でもいいんだけど、できれば手に職つけて自分一人で働ける環境を作りたいなって思ってる」
「あー! なんかわかる気がするなー」
「わたしさ、あんまり人と関わるの好きじゃないんだよね」
「うん! それもわかる。俺ってさ、実は元ヒッキーでね――」
「ヒッキー?」
「引きこもりってこと。ジャパニーズ・スラングだよ」
オタクだったという彼は、漫画やアニメにビックリするくらい詳しかった。自分が好きな媒体を海外にも広く紹介したいという夢を持って、この学校を選んだという。
――中学の時にオタクだという理由で酷いイジメに遭い、不登校になった。学校には通わず、通信制度を使って高校の卒業資格を得て、念願の東京に出てきた。不登校で引きこもりだったせいで、地域では特異な存在として見られていたから早く家を離れたかった。小さな漁師町で漁業を営む親に、東京での生活費や学費を工面することが困難なことは明らかだったから、勤労学生という制度を知り藁にも縋る気持ちで応募した。少しぐらい大変でも、田舎で居た堪れない生活をしていたころに比べれば、今は気持ちが楽。
彼は、ポツリポツリと自分の事を話してくれた。
「オタクの何がいけなかったの? 何も悪くないのにね?」
「俺が住んでた田舎って、閉鎖的で娯楽が少なかったんだよ。だから、些細なことをきっかけにして陰湿な方向に発展することが多いんだ。ま、俺はそのターゲットになっちゃったっていう感じ。結局三年半も、ほぼ家の中だけで生活してたから、かなりメンタルやられたな……」
「三年半……大変だったね……。わたしも、高校の時いろいろあったんだ――」
――自分は、要くんや先生に助けてもらうことが出来た。特に要くんの経験談は、わたしの心を前向きにしてくれて方向性を見出してくれた。それを、先生が具体的に示してくれたから、今わたしはここにいる。お陰で、彼のように遠回りをせずに過ごす事が出来た。
彼との違いは、わたしには味方がいたという点だけだったのではないだろうか。
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