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Epilogue
『ごめん。もう予定入れちゃった――』
確かに会う約束はしてたけど、今日は仕事で会えないって連絡してきたからここに来てるのに――。こちらにも事情がある。次回にしてもらおう!
『今、おじさんの家に来てるから。うん、また今度。じゃあね、お疲れ様でした』
そんなにがっかりした声を出されても、仕方がない。就職のお祝いで奢ってくれるって言うけど、別の機会でもわたしのほうは一向に構わない。
「ん? どうしたの? 友達から?」
「うん。前に話した、専門学校の時の友達。近くで仕事してたらしくて、思ったより早く終わって直帰になったんだって。これから会いたいって言われたんだけど、断ったところ」
要くんが『えッ? それ、可哀そうだなー! その子、社会人だろ?』と言って少し考え込んだ。
「…………そうだ! ここに呼べば? 僕も会いたいし!」
「えーっ! やだよ」
「なんで? 近くにいるんなら構わないじゃないか。僕も話をしてみたいと思ってたんだ」
今から三年前。要くんとふたりで話しをしていた時に、進路変更を決めた理由を訊かれたことがある。その際、自分の経験と専門学校で知り合った友達の経験――それらを見比べた時の、過程と結果の大きな違いとその理由がきっかけだと話した。そして、その彼が専門学校でできた唯一の友達だということも伝えていた。
「でも、もう帰っちゃってるだろうし」
「取り敢えず、電話してごらんよ。忙しく働いてるんだろ? 次にいつ時間とれるか分かんないだろうから、な?」
かけてみたら、直ぐに出た。嬉しそうに『ここからなら、その駅まで30分かかんないと思う。着いたら電話するよ!』と言って、こちらの返事もそこそこに電話が切れた――
「その子の名前、教えて? どんな仕事してるの?」
「伊東翔くん。翻訳会社に就職して、営業とか編集の仕事をしてるみたい」
「出版物の翻訳って、二次ってことだよね? じゃあ、営業相手は出版社ってことなのかな? 編集もやるのか!? それって、スゲー忙しいんじゃないか?」
「小さな会社だって言ってたから、正社員はいろんなことをやらされるみたいなんだけど。でも、楽しいって言ってたな」
要くんは「早く伊東くんに会いたいな! 晩飯も、一人分追加してもらおう!」そう言って立ち上がり『ちょっと待っててね?』と、航おじさんが掃除をしている二階に駆けて行った。
待っている間に、さっき要くんが見せてくれた写真をもう一度じっくり見てみた。カッコイイ二人が、フルオーダーで誂えたというステキなスーツに身を包み、二人だけで写ってる。表紙は、わたしが成人記念の写真を撮った写真館だし、同じ日付。おそらくあの日に、私たちとの撮影が終わってから撮ったのだろう。さり気なく文字盤が色違いで、お揃いの腕時計をしてる。皆で撮影した時には気付かなかったから、撮影のために付け替えたのかもしれないな。ローズゴールドのケースに、おじさんがシルバーで要くんが黒。とてもお洒落。超ハイブランドだよ、これ。二人の雰囲気に良く似合ってる!
数ポーズ。ジャケットを脱いでふたりで向かい合い、自然に微笑み合っている写真がとってもステキ! 他のポージングも。老舗写真館のスタッフさん達、皆、礼儀正しくて所作が丁寧で無駄な言葉もなくて――自分たちも、リラックスした雰囲気の中で撮影できたことを、ふと思い出した。
それにしても。さっき要くん、この写真と成人記念写真とすり替えておじさんに見せてたよね? 二人だけの、大切な秘密の思い出なんだろうね。おじさんは照れ屋だし。要くん、そんな大事な写真をわたしに見せてくれたんだ。嬉しい! 有難う。
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