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タスケテ。
もうダメかも――
自然に足が向いていた。
新居のお披露目で両親と一緒に訪れたのは、中学の時。その後、数回お邪魔したけど一人で来るのはこれが初めて。二年振りくらいなのに、駅から近くて分かり易い場所なので迷うことなく辿り着いた。
――門扉の前に着いてからも30分くらい、インターフォンを押す勇気が出せなかった。でも、寒さに負けてしまい……大きく息を吸い込んで、ありったけの勇気と元気を総動員して! 深夜アニメの勇者になりきって! 久し振りの笑顔を顔面に貼り付けて! イザッ! 人差し指をそれに押し付けた――
ピンポーン。
間抜けなチャイムのあと、『はーい! あ、あれ? ええッー? す、すぐ行くから待っててねー!』なんて、妙に驚いたような、それなのに変に間延びした声と共に、ドタドタドタと急いで玄関に向かって走る音――あ、もう直ぐ要くんが出てくる――そう思った瞬間に、ドアが勢い良く内側から開いて――
「うわ! やっぱり、唯ちゃんだ。大きくなったね。いらっしゃい」
インターフォンのモニター越しにわたしを見た瞬間、要くんは急いで迎えに出てくれた。急いでいた割に、のんびりとした口調とふんわり柔らかい笑顔を向けられて不意に泣きそうになったけど、それを堪えてギュッと表情を引き締めた。だって、後ろから航おじさんが追いかけてきて、『よお! 元気そうだな、まあ入れ』なんて、訳知り顔で落ち着いた声をかけてきたから。直ぐにピンときた! おじさんは、ママからあのことを聞いてるな、って。要くんは知ってるのかな……?!
「久しぶりだねえ。何年振りかなあ? えっと、唯ちゃんは、いま何年生になったの? ってか、幾つになったの? 高校はどう? 勉強大変だろう? それにしても凄くお姉さんになってて、驚いたよ! 相変わらず可愛らしいけどねえ――」
要くんは、ありったけの質問や言葉を独特の口調で矢継ぎ早にわたしに向けて喋り続ける。気兼ねのない単純な質問の数々に、おじさんが要くんにまだ話していないことが分かった。ホッとした。
リビングに通され要くんとお喋りしている間に、おじさんがキッチンから湯気の立つ少し大きめのマグ三つと可愛らしい小皿に美味しそうなクッキーを載せたトレーを持ってリビングに入ってきた。
「あ、航ありがとう。もしかして、ココアか?」
「ああ。唯もココア嫌いじゃないだろう?」
「うん! 好き。いい香り」
「だろ? 小さいマシュマロが浮かんでるんだよ! ほらほら、見てごらん」
トレーを受け取った要くんが、中身を見せながらわたしの前にマグを置いてくれた。次に、要くんの隣にドカッと座ったおじさんの前に『ホイッ!』と変な掛け声で置いてから、自分の分を置いた。続けて『このジンジャークッキーが驚くほど硬いんだけど、熱いココアに浸しながら食べると最高に美味しいよ! 試してごらん』と言って勧めてくれた――ああ。好いな、癒される。
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