トレビィの噴水

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トレビィの噴水

 高層ビルが立ち並ぶ街に、古い噴水があった。噴水の中には、小さな立て看板が立っている。  『水に入ってはいけません』  噴水は広い歩道の真ん中にある。噴水の周りの池を囲う形にぐるりと一周、石のふちがあり、低めのベンチになっている。私は手に持ったビニール袋を膝に置いてそこへ腰掛けた。  「誰が水に入るっていうのよ、ねえ?」  大人ばかりのオフィス街で、水に入る人がいるとは思えない。    「あ、もしかして、ホームレスの人がお風呂代わりにしたりするのかな?」  (ホームレスの人が立て看板を気にするとは思えないけど)そう思いながら、隣に座った男に話しかける。  リクルートスーツを着た個性のない男だ。でもそれは仕方がない。私だって同じだ。やっぱりリクルートスーツ。茶髪も黒く染めたばかりで、鏡の中の自分が、まだ自分だという実感が持てない。  隣の男とは就職活動のために出席した会社説明会で、たまたま隣に座っただけの関係だ。他に知り合いもいなかったから、成り行きで一緒にお昼を食べることになったのだ。しかも次の会社説明会の開始の時間が迫っているので、ランチはコンビニで買ってきたサンドイッチとおにぎりと、ペットボトルの紅茶。  昼のメニューまで個性がない。  「知らないの?」  「何を」     
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