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「ね?裁判所も支払い義務はないと認めてるでしょ?法律もそうなっているんですから納得しましょうよ」
「貴方、この裁判例は走行距離7万キロ、購入後6年の車についての判決ですよね?走行距離10キロ、購入後2日の私の車とはあまりにもかけ離れているでしょう。馬鹿にするのもいい加減にして下さい」
卓はきつめの口調でそう言うと、リュックサックの中からクリアファイルを取り出した。
「どうぞこちらをご覧ください」
クリアファイルの中には格落ち査定額の賠償を認めた裁判例が20例ほど載せられていた。そのうちのほとんどは納車後1か月から6ヶ月、走行距離は1000キロ程度と比較的新しい車の事例ではあったが、それでも卓の車ほどではなかった。
「あなた、これらの裁判例があるにも関わらず修理代以外の賠償義務はないと言い切っていましたね?」
金松は黙り込んでいる。
「いえ、それはその……知らなかったもので……」
「そうですか。だとしたらそのような知識の無い方を担当に据えた貴方の上司に対し苦情を申し立てなければなりませんね。今日のやりとりはすべて録音させて頂いてますので」
卓はそう言ってボイスレコーダーを見せた。
「と、とりあえず私の独断では何ともできませんので後日またご連絡いたします」
金松はそう言ってそそくさと資料をしまい始めた。
「いい返事、期待していますよ」
卓がそう言うと、金松はファミレスの伝票を取ろうとする。
「いえ、ここは私が持たせていただきます」
卓は金松の手を遮りつつそう伝えた。
「ですが、ここは会社が持つことになっておりますので……」
「でしたらここは私の分は私が持たせていただきます。この場を指定したのは私ですので、お気持ちだけで結構です」
そう言いながらまっすぐ視線をぶつける卓に金松は軽く一礼をして席を立った。
ーーとりあえずできることは全てやった。あとは運を天に任せるのみ。
卓は自分自身にそう言い聞かせ、グラスの水を一気に飲み干した。
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