二.掟

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 拓水からしたら、水樹の方がよほど兄らしく頼りになると思っているが、小さい頃からの一族による〝お兄ちゃんは凄い〟という刷り込み効果のためか、僅かながら兄としての威厳を保っている。  人魚の世界には人間の世界にあるような学校は存在しないが、時折父が地上で暮らす人間のことや、人魚の歴史などを話して聞かせてくれている。それ以外にも、外敵からの身の守り方や食事の摂り方を成人した人魚たちから学ぶのだ。  人間の寿命とは違い、これから長い時を生きるための術を教え込まれる。一族に伝わる掟についても。  好奇心旺盛な拓水とは違って、水樹は常に冷静で人魚の一族をまとめる力を持っているように思う。里の長は二人の父だ。名を秋水(しゅうすい)という。  代々〝水〟の名を持つ家に産まれた者が一族を束ねるようにと決まっていて、次の長は拓水である。  長になることに異論はないし、生まれた時から決められた運命に逆らおうとも思わない。そうして一族は存続し続けて来たのだ。まとめる者がいなくなれば、脆弱である自分たちはすぐに滅びの道を歩むことになるだろう。 「あのね、あのね、水樹! 俺さ、さっき人間に会ったんだ」  人間と話したんだと誰かに言いたくて、けれどそれを話せる相手は水樹しかいなかった。父が洞窟にいるなら別の機会にと思っていたが、いないなら丁度いい。これだけ離れれば誰にも聞こえないだろう。     
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