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立ち止まり、拓水よりも二十センチは高い身長を見上げて告げれば、同じように足を止めた海里と視線が交わった。
腰を引き寄せられたことでバランスを崩し、慌てて海里の服に掴まった。
先ほどから何度も勢いよく引っ張られたりしているのは……もしかしてわざとだろうか。
「も……引っ張ったら、グラグラするから……」
しかも、拓水の心がさっきからポカポカしたりチクチクしたり、すごくうるさい。
抱き寄せられて、広い胸にポスッと顔が埋まる。
「ん、ごめん」
悪びれなく告げられる言葉に苛立ちはない。
ふわりと潮の香りが鼻を掠める。海の中にいる時は感じることのない、人間の……海里の香り。
くんと鼻を鳴らし、いい匂いだと鼻を擦り寄せる。ずっとこうしていられればいいのに、たった三時間しか陸地には上がれないけれど、その間中、海里の胸に顔を埋めていられたら、とても心地いいだろう。
洞窟を出て広々とした海の自然を感じるのも気持ちがいいが、それよりももっともっと心地いい。感じたことのないような幸せな気分だ。
そんな拓水の心境など知る由もないのだろう。密着していた身体が人一人分の距離を開けて離される。
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