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第1章 髑と腐
商店街の一角、どこにでもあるような木製のベンチに座り、手に持っているコーヒーを飲む。
「っぷはぁ......。」
俺こと秋雲 伊御は、財布の中の少ないお小遣いで微糖のコーヒーを買い、自販機の隣にある木製のベンチに座って時間を潰していた。
別にたそがれていたわけではない。学校で嫌なことがあっただとか、家に帰るのが苦痛だとかでもない。
なんとなくこうしている、それだけだった。赤く染まった空や町の風景を眺めつつ、少しずつコーヒーを減らしていき、たまに混ぜるように缶を回す。特にこうする理由などない。ただなんとなくやっていたら、これが習慣になってしまっていたのだ。
「......なくなった。くぁっ......さて、帰るとしますか。」
長時間座ったままで固まっていた体を背伸びによってほぐし、空になった缶をゴミ箱に放り投げて「ストライクッ!!」なんてくだらない事をやって家路につく。
いつもの光景、いつもの日常。この日もまた、いつものように家につき、晩御飯を食べて、風呂に入って寝る。そうなると思っていた。
「クォォォォォォォォン!」
「っ!?」
家に帰ろうとした俺の耳に、つんざくような声がはいってくる。犬?いや、それよりも低い。
これは多分、本物を生で聞いたことはないが、狼の遠吠えなのではないか?
「なに?この声」
「犬の遠吠えか?」
商店街にいた人たちが騒いでいる。と言うことは、この声は俺の耳がおかしくなって聞こえた幻聴の類ではないということ。となると、この声の聞こえた方向には狼、もしくはそれに近い遠吠えを発する犬がいる。
「気になる。......行ってみるか」
俺は声の聞こえた方角を思い出しながら、人混みを避けつつ商店街を駆け抜けた。
後にして思えば、なぜこの時の俺は、聞かなかったふりなどではなく、音の発生場所を見に行くという発想に至ったのだろうか。
だが、ただ一つ言えることは、この時の俺の表情は今までになく明るかったということ。
商店街の脇道から狭い裏路地を抜けて、少し荒れたアスファルトの上を進むこと数分、声の発生源だと思われる場所に到着した。
「ここだな、声のした場所は。」
そこにあったのは、一般的な学校にある体育館とほぼ同じサイズの、今はもう使われていないのだろうかと思わせるほどに薄く汚れた倉庫だった。
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