第1章 髑と腐

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「原理について詳しいことは俺にも言えない。だが、とりあえず自然発生ではないことは確かだ。もしそうなら、もっと昔に魔物の存在が知れ渡っていたはずだからな。君は、人が何かに変化するという話を聞いたことがあるか?」 「......いえ、ありません。」 「そうだな......君はゾンビに変化する時、何かを見たり触ったりしたか?」 「何か......あっ」 俺はゾンビに変化する直前、何もない空間で黒い魂のような何かに触れたことを思い出した。 「真っ暗な空間の中で紫色の魂みたいな何かに触りました。そしたら、いつのまにか現実に戻っていて」 「それはおそらく、魔物の魂で間違いない。その魂は何かの拍子で人の中に入り込み意識を乗っ取って体を得ようとした、といったところだろうな。」 「人に憑依する霊みたいなもの......ということですか?」 「わかりやすく言えばそうなる。だが実害の規模を考えれば、魔物の方が余計にたちが悪い。」 そう言って男は静かに笑った。僅かに口元が緩む程度の笑いだったが、その表情につられて俺も顔が緩んでしまう。 そうやって笑い合うこと数秒、 「......さて、そろそろお開きにしようか。時間をとって悪かったな。」 「いえ。俺の方こそ色々と教えていただいてありがとうございました。」 俺達は立ち上がり、同じゴミ箱に空になったコーヒー缶を捨てて今日はこれで解散することとなった。 「最後に君に伝えておくことがある。」 男は、俺に最後の話を始めた。 「......?」 「君のゾンビの力は俺が抑制した。これでしばらくは、ゾンビが表に出てくることはないだろうと思う。だが、さっきも言った通り魔物の力は未知数だ。いつまた君の意識を乗っ取るとも限らない。もし魔物に意識を乗っ取られそうになったなら、その時は人のいる場所から少しでも離れることだ。ゾンビの力は、周りの人間に無差別に被害をもたらしてしまう。」 「......」 その言葉は、俺に新たな恐怖を植え付けた。無意識のうちに人を殺めるかもしれない恐怖。それは、人の死が身近ではない日本人の俺には重すぎる。 「だが安心しろ。もし魔物に乗っ取られたとしても、俺がまた助けてやるさ」 「ッ!はい!」 次に続いた男の言葉は、不安に潰されそうだった俺の心に重く響く。いざという時に頼れる人間の存在は、とても心強いものだ。
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