第1章 髑と腐

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次の瞬間、俺は本能が鳴らす警告音にしたがってその場を離れようとした。「やばい......やばいやばいッ!」と、心の中で同じ言葉を何度も繰り返しながら。 だが、その無意識の行動が命取りだった。逃げることにだけ頭が働き、視界に映っているものにまで反応することができなかったのだ。俺は逃げるために体を反転させ、元来た道を戻ろうと足を踏み出した。だがその瞬間、足元から鉄パイプを叩く音がした。踏み出した足の先に置かれていた鉄パイプを、俺は勢いよく踏んでしまったのだ。 「し、しまっ......ッ!!」 俺は音を出した瞬間、見つかったという恐怖心から顔を背後に向けた。そして見てしまった。腕を赤に染めた人狼の、俺を見るその鋭い眼を。 「......ッ」 その時、俺は蛇に睨まれた蛙の心情を理解した気がした。喰われるという死の恐怖を、はじめてこの身に味わった。 だが、恐怖に支配された肉体とは裏腹に、俺の精神は冷静だった。一種の諦めの境地なのだろうか。俺は睨む人狼を意識から外し、動かない肉眼に映る空間を冷静に隅々まで見ることができていた。そのおかげで今、人狼の目の前に倒れている女性の傷に気づいたし、人狼の真っ赤な腕の正体が返り血だということにも気がついた。 「あ、あぁ......」 人狼に睨まれ、体を硬直させたまま、倒れる女性へと意識を向ける。やがて人の死を前にした俺は、あることを考え始めた。 「(あの人と同じく、俺も殺されるんだろうか。腹にでかい風穴を開けられて、血を流して倒れるんだろうか)」 それは、自分に起こるこれからの出来事を予想することだった。 「(天国ってどんな感じなんだろう。今までの行いはいい方だと思うし、地獄よりは天国に行きたいな。それとも漫画や小説みたいに、転生したりするんだろうか)」 自分はどう殺されるのか。死んだ後、俺はどこに行くのだろう。人生が終わった後の出来事を想像しながら、俺はその時が来るのをじっと待った。だが、待てども待てどもその時はこず、そこで再び、俺は意識の中に人狼の姿を映し出した。その時俺が見た人狼は、こちらに向けていた顔を再び死体の方へと向け、瞬き一つしたかと思うと、次の瞬間には勢いよく真上へ跳躍し天井に開いた穴からその姿を消した。 「に、逃げた......のか?」
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